ひ と で な し の 恋

腐り落ちる蛇の毒



 潮のにおいがした。けれど、自分の知っている、あの眩しい白と蒼の都のものとは、何かが違う気がする。けれども、どこか懐かしいような――
 ふと何かの気配を察知して、レガートは目を覚ました。
 慣れない感触のシーツと、知らない匂いのする空気が、もぞりと違和感を呼び起こす。
 身体を起こそうとすると、頭に鈍く重い痛みが走った。覚えのある頭痛に、自分は眠る前に一体何をしていたのかを思い出し、慌てて飛び起きる。
「目が覚めたのか」
 耳に届いたのは、低く落ち着いた男の声だった。首をめぐらせて姿を探すと、薄い灰色がかった茶色の髪をした男がそこに立っていた。
 見たことがある人間であるような気もするが、はたしてどこだったろうか。思い出す前に、相手がベッドの方に近づいてきた。その顔を見て、レガートは、あ、と小さく声を漏らす。
「あんたは…、」
「ああ。ミルテ少尉には、はじめてお目にかかるな。ローレライ教団神託の盾騎士団主席総長、ヴァン・グランツ謡将だ」
 レガートは眉を寄せた。彼と最後に会った場所がどこだったか、思い出して暗澹とした気分になる。
 …ガイの仲間だったという、この男と。
「俺に何の用だ、グランツ謡将」
 ちり、とした痛みと共に、レガートは僅かに体を強張らせる。あちらこちらが軋んでいるが、動けないほどではない。
 そこでふと、何か引っかかるものを感じた。グランツ。最近どこかで聞いたような。
 しかしそれを思い出す前に、グランツ謡将は、ふっと男くさい笑みを浮かべて口を開いた。
「手荒な真似をしてすまない。だが、私には、どうしても貴殿の力が必要だったのでな」
「御託はいいからさっさと用件を言えよ。六神将まで差し向けて、俺に一体何をさせる気だ?」
 レガートの目がすうと細くなり、剣呑な光を帯びる。ふむ、とグランツは頷いた。
「では手短に話そう。お前の超振動の能力が必要だ、『ルーク』」
 グランツ謡将は、真っ直ぐにレガートを見つめた。観察されている、と気付き、レガートはゆるくかぶりを振る。
「残念ながらそれは無理です、ヴァン師匠。何故なら俺には、超振動を扱う資格がない」
 謡将が『ルーク』と呼んだのに応え、レガートは昔のように、敬語を使って彼に返答した。
 淡々とした受け答えに、謡将の深青色の瞳に、一瞬面白がるような色が浮かぶ。しかし言葉の後半を聞いて、そこにすっと冷たさが混じった。
「…『資格』とは、妙な答え方をしたものだな」
 突き刺すような疑いのまなざしに、レガートは面倒くささすら感じる。信じてもらえるとははなから思ってはいないが、いちいち説明するにはややこしい事柄だ。自分には荷が重過ぎる。
「何なら適性と言い換えましょうか。どちらにしろ、俺にあれは使えません」
「それは嘘だな。現に私は、あの翌日に、お前が超振動を使ったことを知っている」
 謡将がさしている日がどの日のことかレガートは悟り、深い淵に沈めたはずの苦い思いがこみ上げる。
 じりじりとした思いを吐き出すように、レガートはつとめて冷静な口調を意識した。
「それどころか、あんたが俺を作ったのだって、あの力が目的でしょう。…オリジナルルークの、でしょうけど」
「ほう? それは、お前の育て親がそう言ったのか?」
「俺もそう思ってますよ」
 男の青い瞳が、レガートの挙動を観察している。しばらくの沈黙。
「…それは厳密に言えば正しくない。私はお前の力も、必要としていたのだから」
「俺がオリジナルの代わりに殺されることを、でしょう」
 レガートが間髪入れずに答えると、謡将は片眉を跳ね上げた。そして、なるほど、と頷く。
「…本当にそう思っているか?」
「ああ」
「お前は嘘をつくと、昔から目が泳ぐ」
 かつてジェイドにも指摘されたことがあることだけに、レガートは沈黙の他に返答を持たなかった。

「お前が予想している通り、ファブレ家の『あれ』は、預言にも載っていない不測の事態だった」

 それが答えだった。レガートが何よりも恐れていた、答えだった。
「レプリカの存在は預言には記されていない。それゆえに生まれた齟齬が、あの虐殺なのだ、ルーク」
 感情もなく、ただ事実のみを告げる言葉が、レガートの胸に突き刺さる。
「お前が生まれたせいで、死なずとも良い者達が死んだ。罪は償わなくてはならないだろう」
「俺は、そんな風に生まれたいと思ったことはない。こんな命を望んだことはない。作ったのはオリジナルの勝手だろう。ざまあみろ」
 みっともなく声が震え、語尾がかすれた。自分を守るために用意した反論が、何よりもレガート自身の心を裏切っていた。
「それに俺が生まれたせいだと言うなら、あんただって同罪だ。責任逃れするな」
 繕うために纏った敬語が剥がれる。残ったのは恨みがましい、自己嫌悪のかたまりのような声だけだった。
 ぼろぼろになっていくプライドに、目の前の男は容赦なく、言葉の刃を突き立てる。
「それをお前は、ジェイド・カーティスにも言えるか? フォミクリー技術を生み出した当の本人である、バルフォア博士に?」
 レガートには、ただ黙ることしか出来ない。弱った心に、甘い毒蛇の囁きが、ねっとりとまとわりついた。
「ルーク。…私には、お前が必要なのだ。お前と、その超振動の能力を、貸してくれないか」
 誘いは甘美だった。しかしレガートはかぶりを振った。彼はもう何も聞きたくなかった。
 しかし目の前に立つ男はそれを許さない。
「何故だ? 何故私を拒む? 私はお前を必要とする、たった一人の人間だ」
「…俺には、超振動は使えないんだ」
「使い方を知らないのならば、私が教える」
 ヴァンの言葉に、レガートは――ルークは、違う、と言った。
「…何が違うというのだ?」
「俺はもう、『ルーク』の完全同位体じゃない。ローレライの完全同位体じゃない。だから、超振動は使えない」
 ヴァンが眉を寄せるのと同時に、部屋のドアが叩かれる。謡将は振り返って誰何した。ドア越しに、高い、おそらく少年の声が聞こえる。
「僕だよ。シンクだ。レプリカルークのことに関して、ディストから伝言を預かってる」
「…入れ」
 入ってきたのは、鳥の嘴のような形をした仮面を被った、小柄な少年だった。深緑色の髪をツンツンと立て、黒い法衣を纏っている。
 13・4くらいだろうか、とレガートが少年を観察していると、仮面越しにちらりと目が合った気がした。
 シンク、というからには、彼がおそらく六神将が一人、烈風のシンクなのだろう。まだこんなに幼い少年だったのか、と驚きを覚え、改めて六神将は得体の知れない連中だという思いを強くする。
「それで、ディストの伝言というのは?」
 グランツ謡将の問いに、シンクはつっけんどんとも取れる動作で手にした書類を突き出した。
「詳しいことはそれに書いてある。でもまあ、端折って言えば、そいつを苦労して浚ったのは、ただの骨折り損だったってことだよ。ディストに関して言えば、まさに文字通りに」
「…それで?」
「そいつの音素振動数はオリジナルのアッシュ、ひいてはローレライとも一致しない。だから、超振動も満足に使えない可能性が高い」
 謡将は薄い書類とレガートを見比べ、なるほどな、と呟いた。
「さっきからお前が言っていたのは、全て本当だったというわけか」
 予定が大きく狂ったにも関わらず、謡将の声はいっそ無感動とも言えるほど平坦だった。
「しかしならば、お前は何者だ? まさか死霊使いに作られた新たな人形でもあるまい?」
「…俺は、レガートだ。それ以上でも、それ以下でもない」
 謡将は、レガートの言葉を検分するように、しずかにそれを聞いていた。
 何ともいえない沈黙が降りる。それを裂いたのは、どこか不機嫌そうなシンクの声だった。
「…それで、ヴァン。そいつ、どうするのさ」
「そうだな。下手に逃がして、計画が漏れないとは限らない。ましてやあの死霊使いの養い子だからな」
 予想できた答えではあったが、みすみす彼らの思い通りになるわけにもいかない。こんなところで殺されてやる義理はない。
 『剣』――ソルヴェイグが無いのは痛いが、それでも力は使える筈だ。詠唱の準備を始めようとしたところで、ふと小さな声が耳に届いた。
「用の無い駒を、生かす意味は無い、か」
 シンクが小さく呟いたその意味を、レガートはうまく理解することが出来なかった。脅しでも何でもなく、それどころか、誰かに聞かせる意図を持たない、ただ漏れただけという言葉のようだった。レガートを消すべきだと考えているだけにしては、まだなにかひっかかるところがあるようにも思える。
 皮肉げなその響きから彼の感情を推し測るにしても、仮面越しではその表情すらつかめない。
「…だがその前に、ディストに一度引き渡さなければならないな。じっくり調べたいそうだ」
 ディスト、という名前を聞いて、自然とレガートの目元がつり上がる。彼に針を刺された首すじがまだちりりと痛むような気がして、手でその辺りをさすり、そしてそこにあったはずの小さな傷が消えていることに気付く。どうやら癒されたらしい。
 ともあれ、あの男になら勝てる。他に兵士の気配もしないから、逃げられないことはきっとない。そんなレガートの思考を読んだのか、シンクは、それが彼の癖なのだろう、人を小馬鹿にしたような口調で言った。
「僕も検査に付き添うよ。あの男、うっかり熱中して、そいつに逃げられないとも限らない」
「頼んだぞ」
「ふん」
 レガートは視線で促され、シンクの後を追った。しかし部屋を出る前に、謡将に唐突に声をかけられ、足を止めた。
 振り返ると、真摯な青色の瞳が、レガートをじっと見つめていた。
「ペールギュント、という男の行き先を知っているか」
 馴染みのない名前に、レガートは眉を寄せる。ふむ、と頷き、謡将は続けた。
「あの屋敷では花を育てていた」
 ヴァンの補足に、懐かしい姿を思い出す。手を土に汚し、美しい花たちを育てていた穏やかな老人の姿。
「…いいや」
 レガートはかぶりを振った。そうか、とグランツ謡将が頷く。
「ガイは、全てを殺したといった。…それから、彼の姿は見てない」
「そうか」
 謡将は頷き、そしてレガートに背を向けた。レガートは部屋を出て行って、その扉を静かに閉めた。
 底の知れない男。背を向けられる前に、その瞳の奥に一瞬見えた色を、レガートは知っている気がした。唇をきゅっと引き締め、早足でシンクの黒い法衣の後を追う。感傷に浸るのは、ここを逃げ出してからでいい。
 それでもレガートの胸には、あの日からずっと燻り続けている、あるひとつの奇妙な問いかけが、ふつり、と浮かび上がる。

 なあ、ガイ。どうしてお前は、ペールを殺してしまったんだ?

 心のうちでの問いかけに、答えを返す者はない。

2006/10/14 ヴァンとシンクとルーク





人形師の砂時計



 レガートは口の中で小さく詠唱を始めた。
 古びた城。二人分の足音。薄暗い廊下の向こうから、ざあ、と潮騒の音が聞こえる。
 廊下ともいえない、岩肌の露出した通りに出ると、海が見えた。けれどそれはグランコクマから見える海とは違って、ずっと暗い色をしている。
 会話と言えるものは何一つない。何も話すことが見当たらないから、当然ではあるけれど。
「着いたよ」
 しばらくして、シンクが立ち止まる。そして首だけで振り返り、溜息をついた。その向こうには、開けた空間が見える。
「あのさ、あまり暴れないでくれる。逃がせなくなるよ」
「…へ?」
 思わず詠唱を中断し、レガートは間の抜けた声を上げた。そんなレガートを一瞥し、少年は呆れたように続ける。
「聞こえなかった? 命だけは助けてやるって言ったんだよ」
「…、…何で?」
 沈黙の後、レガートに辛うじて返せたのは、その一言だけだった。
 シンクは、ふん、と鼻を鳴らした。仮面の下の形の良い唇が酷薄に歪む。
「あんたは、マルクト皇帝の影の指先、といわれているほどの男だ。利用価値があると思うから生かすのさ」
「…言っとくけど俺は、何も話せることは無いぞ。機密文書は触ったことはあっても、読んだことがないからな」
 レガートがそう言うと、シンクは腕を組み、今度は体ごとレガートに向き直った。
「三年前、ロニール雪山近辺の魔物の生息地域の移動、地形の変化。ここまで聞いて何か思い当たることは?」
「無い」
 シンクが仮面越しに、馬鹿にしたような目で自分を見ているのがレガートにはわかった。
「あんたが機密文書を読むの、許されないわけだ」
「お前には関係無いだろ」
 ぶすっとして答えると、シンクはやれやれといわんばかりに肩をすくめる。
「まったく。…こんなところでぼうっとしてても仕方が無いし、さっさと部屋に入るよ」
 そういってシンクは、開けた部屋に入っていった。慌ててその後を追うと、大きな砂時計のような形をした機械が視界に飛び込んできた。
「何だこれ…」
 きょろきょろと辺りを見渡すと、砂時計の下の部分の近くに、どうやら制御盤らしきものがあった。そしてその前には、見覚えのある不愉快な男が、見覚えのある不愉快な椅子に座って、なにやら凄い勢いで両手をコンソールに叩きつけていた。
「ディスト。あんたがご所望の、レプリカルークだ」
 シンクが、眼下の男に声をかける。
「こちらに連れてきてください」
 きーきーと響く声が返事をする。近くまで降りると、男はその大きな椅子ごと振り返り、レガートに向けて険悪な視線を投げつけた。
「さっきはよくもやってくれましたね。この私の足の骨が一本折れてました」
 恨みがましく言う男に、レガートもむかっとして言い返す。
「そりゃ良かった。殺すつもりで雷落としたのに、お前どれだけ丈夫なんだ」
「椅子の全速力で逃げたからですよ。そのおかげで反動がつきすぎて落ちましたが。アリエッタの魔物が気付いてくれて助かりました」
「…単にお前が間抜けなだけじゃねーの、それ」
「確かに」
 シンクが同意すると、ディストはみるみるうちに眉を吊り上げた。
「キーッ、何ですって! 良くもまあ抜け抜けと! やっぱりあのジェイドの弟子ですね、あなたは! 嫌味なところがそっくりです! シンク! あなたもあなたです! いったいどっちの味方なんですか?!」
「まあ、あんたじゃないことだけは確かだね」
 シンクの言葉に、ディストがさらに煮える。遮るように、レガートは尋ねた。
「お前、ジェイドと知り合いなのか?」
 レガートは素直に驚いていた。ディストはどう見たってジェイドの好きそうなタイプではない。共通しているのは眼鏡と、その奥の紅い瞳だけだ。
「…かつての友、とでも言っておきましょうかね」
 適当に濁そうとするディストに、引っかかるものを感じて、レガートは首をかしげた。そして、ああ、と声を上げる。
「…サフィール」
「なっ?!」
「ってブウサギが、陛下のペットにいたな。そうか、あれはあんたか」
 わかりやすく狼狽するディストに確信を深め、レガートは一人頷く。
「まだあんなことをしているんですか、あの人は!」
「してる。死ぬたびに新しいの連れてくる」
 レガートは、自分の名前のブウサギが存在することはあえて伏せておくことにした。いっそ忘れてしまいたい事実だ。そしてふと、下手をすると、もう二度とそのブウサギに会えないということも有り得るということに気付き、嫌な気分になる。
「…検査するんだろ。さっさとしろよ」
「必要なデータは大体さっき集めましたよ。私があなたに聞きたいのはたった一つだけです」
 眼鏡の奥の瞳に、底知れない闇を感じて、レガートは気付かないままに身体を強張らせる。その様子を、シンクがじっと観察していた。
「あなたは、レプリカルークの記憶を持ったレプリカ、ではないんですね?」
 レガートは質問の意図が読み取れず、険しい表情になる。
「何だよそれ。何のことだ?」
「…嘘をついているようには見えませんね。…しかし、これはどういうことだ…?」
「オリジナルの記憶を持つレプリカは作れないんじゃないの?」
 シンクの質問に、ディストは曖昧な返答をした。
「今の方法では、確かに出来ませんね」
「出来る方法があるのか?」
 ディストはそれには答えず、レガートに逆に聞き返す。
「…音素振動数が変化するということは、本来ならばありえません。ですがレガート、あなたはどうもそうであるらしい」
 今度はレガートがはぐらかす番だった。これは一応、軍の、そして国家の機密ということになっている。
「約三年前から、音譜帯のうちの一本が、どうも様子がおかしい。突然細くなり、時折ぶれるようになった。…何のことを言っているかわかりますね」
「さあな」
「あなたの本来の固有振動数は、おそらく第七音素の――ローレライのものと同じです。しかし現在、その身体にはもう一つ、別のものが割り込んでいる。それ故に、固有振動数が変化した。…違いますか」
 レガートは答えない。シンクが不可解そうに眉を寄せた。
「…つまり、何。こいつの身体に、何か別の力が宿っているって、そう言いたいわけ?」
 ディストは大真面目に頷いた。
「その通りです。私とアリエッタが彼を連れに行ったとき、彼が行使した能力から考えると、それはおそらく第三音素の意識集合体、シルフ――」
「…そんなことが、本当にあると思ってるのか?」
 ディストの言葉を遮り、吐き捨てるようにレガートは言った。死神の眼鏡の奥の紅い瞳が、きゅうっと細くなる。
「思っているから言っているんですよ。ローレライの固有振動数に割り込んでいるのは、シルフのそれだと。自分でも信じられませんがね」
 レガートはかぶりを振る。
「付き合ってらんねーよ」
「嫌でも付き合ってもらいますよ。私はあなたの身体に興味がありますからね」
 ディストの台詞に、シンクがうんざりしたような声音を出した。
「あんた一人でこいつを抑えられるなら別だけど、どうやって研究を続けるわけ。そいつが抵抗しないわけないじゃないか。僕だって忙しいんだから、いちいち抑える手伝いなんかしてられないし…第一、ヴァンはどうするのさ」
「彼の身元はひとまず私が貰い受けます。それで構わないでしょう?」
「俺は嫌だ!」
 レガートはほとんど悲鳴に近い声を上げた。しかしながら、言い出したほうのディストも負けじと嫌そうな顔をしている。
「私だって嫌ですよ! 私は実験さえ終わったら後のことはどうだっていいんですから、その後は好きにしたらいいじゃないですか」
「好きにって…え?」
 ディストの言葉に、レガートはきょとんとした。
「…俺のこと、処分するとかなしってことか?」
 ディストは心底面倒くさそうに答える。
「処分されたいんだったらしてもいいですが。…と、それではヴァンが納得しませんか」
「どっちみち、あんたの処遇はヴァンの胸一つってことさ。検査の間は殺されないんだから、諦めて大人しくしてたら?」
 シンクはそういって、どこか面白がるようにレガートを見た。レガートは溜息をついた。
「…今は仕方ない、か」
 呟いて、それから、天井に向かってそびえ立つ機械を見上げる。
 懐かしさも何も感じない。けれど自分は、これを知っている気がする。
「…これがフォミクリー装置か?」
 ディストは、ええそうですよ、と肯定した。あなたが生まれたのもここからです、という言葉が、どこか遠くから聞こえるような気がした。
 人間もどきを作り出す砂時計。ここから俺は、と唇だけで呟いて、レガートは瞑目する。その様子をじっと、仮面の奥の瞳が観察していた。

 潮騒が、聞こえる。


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2006/10/15 シンクとディストとルーク

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