俺と兄貴とあいつの事情
 …うるさい。
 もう少し眠らせてくれよ、と思いながらしばらく俺は携帯から流れるメロディーを聴いていたが、それが誰からの着信に設定したものだったかを思い出し、慌てて飛び起きた。  サイドテーブルで歌う携帯を取り上げると、画面にはやはり予想通りの人物の名前があった。あわてて通話ボタンを押す。
「は、はよ!」
『おはよう、ルーク』
 耳ざわりの良い声。聞きなれたその声が、けれど今日は少し違って聞こえる。それとも俺が変わったんだろうか?
「どうしたんだよ、ガイ」
 ああ声がひっくり返っていませんように。
 電話の向こうのガイは、いつもの落ち着いた声で、あっさりと返してきた。
『ああ、ルーク、お前今日暇か?』
「え? あ、ああ」
 俺はカレンダーの方を見た。今日は部活だって無いし、出かける予定も特にない。そのことを伝えると、ガイはどこかほっとしたような声音でそうかと答えた。
「どうかしたのか?」
 俺がそう問うと、しばらくの沈黙。そしてガイは言ってきた。

『あのなルーク。今日、デートしないか? 実は今、お前の家の前にいるんだが』

 盛大にベッドから落っこちた俺は、したたかにぶつけた足の痛みを無視し、窓の外に身を乗り出した。
 そこにははたして、いつもの眩しい笑顔を浮かべたガイが、携帯片手にひらひらとこちらに手を振っている。
 慌てて俺は携帯に向かって叫んだ。
「十分、いや五分待ってくれ! すぐ行くから!」
『あ、いやそんな急がなくても…』
「あーもー切るぞ! 勝手に上がっといてくれ!」
『おい、ちょ、ルーク』
 何かを言おうとするガイを無視して俺は携帯をベッドに放り投げ、大慌てでクローゼットを漁りはじめた。


 慌てて階段を駆け下りた俺は、玄関先で何やら騒ぎのようなものが起きているのに気がついた。
 玄関の前で仁王立ちしているのは、俺より十歳年上の兄貴のアッシュだった。
 顔だけはそっくりだといわれるが、向こうの方が背も高いし声も低いし大人っぽいし頭の出来だっていい。
 まるで俺はあいつの劣化レプリカみたいだと昔言われたことがある。そのときは腹が立ったものだけど、今はどうだっていい。俺は俺だし、兄貴は兄貴だし。
 ともかくその兄貴が、えらく機嫌の悪そうな顔で玄関のドアを押さえていた。しかしこのままじゃ俺が家から出られない。
 どうやらガイもいないみたいだし、俺は兄貴に声をかけることにした。
「おいアッシュ、どうしたんだ?」
「…お前か。関係無い、どっか行ってろ」
 まるで犬か何かを追い払うように言われたものだから、俺は流石にカチンと来た。
「俺は今から出かけんだよ。つーか第一、ガイはどうしたんだ?」
 口調が険悪になるのはしょうがないだろう。俺と兄貴は、兄弟仲はもとよりそんなにいいほうじゃないし。
 兄貴はほとんど睨むような視線をこちらに向けてきた。
「今日はやめろ。というかむしろ二度とあいつと出かけることは許さん」
「はあ? 何でだよ。そんなん、俺の勝手だろ」
 兄貴の勝手な言い分にムカムカしながら、俺は玄関に近づいていった。そのままさっさとスニーカーを履いて、兄貴をどかすことにする。
「邪魔だからさっさとどけよ」
「断る。お前こそ朝食ぐらい摂ったらどうだ、この万年貧血野郎が」
「うるせーな。起き抜けに飯喰うと気分悪くなるんだよ」
「ならもっと早く起きやがれ。…っててめえ何してやがる!」
 焦れた俺は、兄貴の指をドアノブから引き剥がすことにした。兄貴の抵抗は案外固かったが、しかし俺に驚いた一瞬の隙が命取りだった。
 がばり、と勢いよく扉がこちらに向かってくる。慌てて飛び退くと、そこには額に汗の珠を輝かせたガイがいた。
「ルーク!」
「ガイ?! …っ、やっぱりアッシュが邪魔してたんだな!」
 俺が睨むと、アッシュはそれはもう悔しそうな顔で舌打ちをした。
「何でお前こんなことすんだよ! ほんと訳わかんねーよ!」
「まあまあ、ルーク。それより早く出かけようぜ」
 ガイが窘めてくれなかったら、そのままいつもの口喧嘩ルートに直行だっただろう。
 俺は仕方なく黙ることにした。せっかくガイとデートできるのに、こんな下らないことで時間を潰すのはもったいない。
 玄関をくぐろうとした俺を、しかし兄貴は呼び止めてきた。何だよ、とうんざりしながら振り向くと、えらく真摯な表情の兄貴と目があった。
「俺は、お前らの交際を認めた覚えはない」
 文句を言おうとした俺を遮り、ガイが兄貴の言葉に応じた。
「何で俺があんたに許可を貰わなきゃならないんですかね」
 その顔に浮かんでいる笑顔は酷く冷たい。しかしそれに脅えるでもなく、むしろこんな顔も出来るんだなあとうっとり眺めてしまった俺はかなりの重症だ。
 ああガイって格好いいなあ。こんなに格好いいのに、何で俺みたいなの好きになってくれたんだか。
 俺がぼーっとガイに見とれているうちに、兄貴とガイの間に流れる空気はどんどん険悪なものに進展していっていた。
「おい、お前はどうなんだルーク!」
 それまでの話を全く聞いていなかった俺は、だから兄貴に突然矛先を向けられて戸惑ってしまう。一瞬たじろいだ俺をどう思ったのか、ガイはそっと俺の肩を抱いてきた。ふわりとガイの匂いが鼻腔をくすぐって、その近さにどぎまぎする。
「お前も俺のことを好きでいてくれてるよな?」
 確認するみたいに、優しくガイが聞いてくるものだから、俺は何も考えずに頷いていた。
 そして慌ててその内容に気がついたときには、ガイの顔がほとんど目の前と言っていいような場所にあった。近い。非常に近い。
「が、ガイ?」
「目を閉じて、ルーク」
 ガイの端正な顔がだんだん近づいてくる。アッシュが何かぎゃいぎゃいと叫んでいる、が、それすらもきちんと聞こえてこない。
 俺は覚悟を決めて目をぎゅっと閉じた。ええい、なるようになっちまえ!
 ふに、と唇にやわらかい感触を感じた。
 これがガイの、と思う間もなく、それは離れていった。
「ごちそうさま」
 えらく機嫌よさ気に言うガイに、俺はしばらくあっけに取られていたが、やがてふつふつと恥ずかしさが湧き上がってくるのを感じた。
「い…いきなりキスするやつがあるかああ!」
「ごめん。あんまりルークが可愛かったから、つい」
 俺は顔が、火が出るかと思うくらい熱くなったのを感じた。何言ってるんだ、こいつは!
 あまりの照れくささにガイから顔を逸らすと、呆然とした表情のアッシュと目があった。
 …あれ、これってひょっとしなくても、見られた? むしろ思いっきり、見せてた?
 そう気がついた瞬間に、俺はガイを突き飛ばしていた。何をと慌てるガイを、扉の向こうに締め出して叫ぶ。
「お、お前なんか大っ嫌いだああああ!!」

 そして振り向いた瞬間、ぽかんとした表情のアッシュと目が合って、俺はあまりのいたたまれなさに穴に入ってしまいたい気持ちになった。




梨本つぶら:ルーク
高屋敷:ガイ
梨本始(ごめんなさい…):アッシュ

こんなにガイに向けて好き好きオーラ出してるルーク書いたのははじめてかもしんない…

2006/7/8

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