君 が 泣 い た 日

Essaie de raisonner sur l'amour et tu perdras la raison.



 ジェイド・カーティスは狼狽した。
 赤い髪の子供が、自分の手のひらを握っていた。
 眩しいほどの笑顔で笑っていた。
 ここから俺の気持ちが伝わればいいのに、と、まるで歌うように囁いた。
 ジェイドはそのあまりに真っ直ぐな視線が急に恐ろしくなって、しかしその手を振り払うことが出来ない。何だこれは。何だこれは!

「ジェイド」

 この目は見たことがある。違って同じものを見たことがある。かつて様々な女からそして時には男から、向けられてきたこの視線。ジェイドはその意味を知っていた。未だかつて自分が他人にそれを向けたことはなかったが、しかしその意味だけは知っていた。
 ああその先を言ってくれるな。ジェイドは必死に願ったが、子供の唇はとっくに動いてしまっていた。

「俺、ジェイドのことが好きだよ」

 そうしてとろけるような笑顔で笑うものだから、ジェイドは絶望して天を仰ぐ。
 もう逃げられない。

 ――それでもその手を振り払えない自分の右腕に、彼は心底困惑した。



「愛を理性で考えてみよ、あなたは理性をなくすだろう」

2006/8/1 ジェイルク





Amano davvero, quelli che tremano a dire che amano.



 ルークはすっかり困ってしまった。
 ああどうしよう、こんな顔をさせる筈じゃなかったのに。そう思いながら窓の外に視線をやれば、月夜に音譜帯が輝いている。
 明日には死んでしまう自分の体が少しぐらい消えたからって、今更どうだっていうのだ?
 なのに不運にもそれを目撃してしまったジェイド・カーティスは、ルークの膝に縋り付いて、いかないでくださいと弱々しく泣くのだ。
 そんなことを言われたって困る。自分だってそりゃ死にたくなんかまったくないが、それでもそれは既に確定してしまっているのだから。

 月光に透ける自分の掌を、まじまじと見つめていたのがいけなかった。

 ジェイドはどうせ酒場で遅くまで呑んでいるんだろうと思ったから、ティアと二人でつい先刻まで見ていた月を、窓を開けてもう一度ひとりで見た。
 指先がふいに冷たくなった気がして視線を落とすと、窓枠にかかった指先がほんの少し透けていた。
 ああ俺こんなところで消えちゃうのかな、まだヴァン師匠を倒してもいないのに、ローレライを解放してもいないのに。
 死ぬのが怖いという気持ちは、まるでどこか遠くに消えてしまったみたいだった。どこか他人事みたいな自分の意識がおかしくて、だから消えた右手を掲げた。
 そこに運悪くジェイドが帰ってきてしまったのだ。ジェイドは眼鏡の奥の赤い瞳を大きく見開いて、ルーク、と小さく唇を動かした。
 だからルークは笑ったのだ。大丈夫、まだ俺は生きてる。
 そうしたらジェイドは無表情でルークをベッドに引きずり倒し、そうしてルークの膝に縋り付いて、あろうことか泣き出した。彼は嗚咽も漏らさなかったのに何故泣き出したとわかったかというと、ジェイドの顔の辺りから、服に何だか冷たいものが染みこんできたからだった。
 掌はいつの間にか元通り不透明になっていて、だからルークはその手でジェイドの髪をなでた。あの鬼畜眼鏡がおとなしく撫でられている図というのもかなり不気味なものではあったが、ルークは何故か怯えることも気味悪がることも、全てを冗談にして笑うことも出来なかった。
 ジェイドはきっと酔っ払っているのだ。だからこんな風におかしくなってしまったのだと、ルークは無理矢理結論付けた。
 ルークはため息をついて、仕方なく笑った。そしてジェイドの手を取った。ここから俺の気持ちが伝わればいいのに。
 だってこんなにもあたたかいのに。こんなにも、幸せ、なのに。

「ジェイド」

 ジェイドがふと顔を上げて、そして何とも言えない顔をした。
 まるで何かを恐れるような。
 だから、何も怖くなどないと、言ってやる代わりにルークは告げた。

「俺、ジェイドのことが好きだよ」

 男の腕が一瞬震えたのに、気付かないふりをして。
 ルークはもう一度、歌うように囁く。

「俺は、お前のことが好きだ」


 ああどうか、震えるこの声に、気付かないでくれジェイド・カーティス。
 でなければ俺は本当に、


 …本当に、死ぬのが怖くなってしまう。




「本当に愛している人とは、愛していると言うのに震える人」

2006/8/1 ジェイルク

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