なみだをうばうやさしいてのひら
 どれほど優しい時間を重ねても、その未来に自分の姿はないのだと、突きつけられた現実。
 透けるからだが、遠くない先にこのいのちの消えることを教えたあの日。
 ねがうことはたったひとつで、かなわない未来を夢見る。

「なあ、ジェイド」

 それは偶然だった。
 アルビオールの調整と買出しと、その他いろいろなものが偶然に重なって、ふと出来た時間。
 ルークは宿にジェイドと二人、残されたのだ。

 何かを言いたげなガイの視線。
 何かを耐えるようなアニスの視線。
 何かを望む、ナタリアの視線。
 後ろめたいことがあるせいで、そのように感じられるのか。それとも本当にそうなのか。
 問うことが出来ないルークは、ただ黙り込むしかない。答えを知ることは出来ない。
 ただ、知っているティアは、時々、辛そうに目を伏せる。感情が揺れる。それを知るたび、ルークは申し訳ないような気持ちになる。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。
 けれど自分の存在のために、自分は死ななければならない。
 ルークはいつも彷徨う。何度でも同じ場所にぶつかって絶望する。無様で滑稽だと、自分でも思う。
 それでも世界はうつくしい。壊させたくなどないと思う。
 いつも彷徨う、ルークの視界。

 ジェイドの視線は、酷く静かだ。

「何ですか?」

 ああ、この穏やかさを自分は知っている、とルークは思った。
 或いはイオンのそれのようであり、全く違うものでもある。
 イオン(ああ、自分を懐かしいと言ってくれた彼と、もう一度逢うことが叶ったなら!)、優しい優しいイオン。
 けれどその優しさゆえに彼は死んだのだ。消えていく光を温度を、ルークは今でも覚えている。

「もし、さ。…次があるなら」

 はかない望みだと知っている。
 意味のない問いかけだと知っている。

「次もジェイドは、俺を友人だって、言ってくれるか」

 ジェイドは硝子越しの赤い瞳を、すう、と細めた。

「次、とは」
「…次に俺が、生まれてくるときに」

 馬鹿にされるだろうか。ルークは何となくそう思って、苦笑した。
 次に生まれてくる「ルーク」は、もうルークではない。わかっているのに問うてしまう。

 生まれ変わりの話ですか、そうジェイドが訊いたので、ルークは頷いた。
 チーグルの森で、イオンがルークを懐かしいと言った、その理由を。ジェイドが、そう言ったのだ。

 気休めだとしても救われた。

「…やっぱり何でもない。変なこと言ってごめんな」

 ルークは笑って、あーもーだりーから寝る、とベッドの上に突っ伏した。
 駄目だ。今、何を言われてもきっと自分は、泣いてしまうだろう。

 どうしてこんなに弱くなったのだろうと思う。昔はこんなに泣くことも無かったのに。
 髪を切ってから。罪を背負ってから。…生きることを、知ったから。
 じわり、とこみ上げるものがある。駄目だ、この涙は。
(俺は俺のためにだけは泣けない。泣いてはいけない)

「まったくですよ。…仕方ない人ですね」

 ジェイドの声音が、いつもよりほんの少し優しいような気がした。



2006/3/17 ジェイドとルーク








 本当に眠ってしまった子供の隣で、ジェイドは立ち尽くした。

「…本当に、どうしようもない」

 子供の白い頬には、涙の流れた跡がある。
 ただでさえ音素が乖離しかけているというのに、これ以上身体から無駄に何かを出してどうするのか。
 そう思ってしまった自分に、ジェイドは苦笑するしかない。

 次はない。この子供にもわかっているのだろう。
 同じいのちが生まれるのは一度きりで、だから貴い。
 生まれがたとえレプリカであろうが、オリジナルと同じものは作れないのだ。
 それはルーク自身が、一番良く知っている。

 けれど、それでも聞かずにいられなかったのだろう。
 彼のその、幼さゆえに。

「…あなたの身体の音素がすべてばらばらになって、そして、他の誰かに巡る――それを生まれ変わりだと言うなら」

 ――アッシュが、ルークの生まれ変わりということになるのだろうか。
 それとも魂は音素でない、他の何かだというなら、それが巡った相手が「次」の「ルーク」になるのだろうか。

 もしもそうだというのなら。


「…私はそれが、私の死んだ後であることを望みます」


 私は二度も、あなたを失いたくなどない。


 弱い大人の呟きは、澱んだ部屋の空気に溶けた。

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