約 束 の 暁
そしてまた出会う
若者達がその場所に着くと、そこには既に先客が居た。
「…バチカルで式典の真っ最中のはずでは?」
蒼い軍服を着た男は、背後も振り返らずにそう言った。
「確か式典は三日三晩続くはずだと思っていたんですが」
「あんたこそ、キムラスカの誘いを蹴ってこんなところに居るんだから、おあいこだろ」
金髪の青年の揶揄に、確かに、と男が言って、そして振り向いた。
長い髪の女性、金髪の青年、赤い髪の青年、金髪の女性、黒い髪の少女。
あの旅の仲間が、しかし一人だけいない。ジェイドはくつりと笑った。
「皆さん物の見事に勢揃いですねえ」
主賓が居なくてどうするんですか、と、その言葉を向けられた青年は、むっつりとした顔で言った。
「別にかまわんだろう。俺はやるべきことはやったからな」
「ナタリアとの婚約発表もやり直したしね〜」
「おや、それはおめでとうございます」
からかうようなジェイドの言葉に、アッシュは不快そうに眉を寄せる。
「みゅみゅっ、みゅううううう」
その声は唐突に聞こえた。ティアの目がきらりと光る。
「…何だ、あれは」
アッシュのその言葉は、その場に居たティア以外の誰もの気持ちを代弁していた。
がさごそと、セレニアの花に埋もれて、碧い何かがうごめいている。
「…ミュウ、なのか?」
ガイが恐る恐る尋ねると、その何かはぴょこんと顔を出した。
「ミュウですの!」
驚きと喜びがない混ぜになった表情のティアが、その生き物を抱き上げる。
そういえばこんなのもいた、と、ジェイドは密かに思った。
「どうして、ここに?」
ティアが妙にきらきらした瞳で、しかし不思議そうにミュウに問うた。この場所からチーグルの森は、ミュウの体格から考えて、それほど近い距離にあるとは言えない。
ミュウは嬉しそうに笑って答えた。
「ご主人様の気配がしたですの! まだ、ご主人様と出会ってから、季節がひとめぐりになってなかったですの! だから残りの罰をもらいにきたですの!」
ですのですのですの、と立て続けに言われて、ひくり、とアッシュの口角が引き攣る。ナタリアはそれを見て、くすりと笑った。
「みなさんも、ご主人様に呼ばれたですの?」
ミュウが首を可愛らしくかしげた。大きな頭が揺れる。
ティアは柔らかく微笑んだ。
「…そうね。…きっと、そうだと思うわ」
その視線の先には、セレニアの花。
やがて一月前と同じように、ティアが歌い始めた。
澄んだ歌声が、花に埋もれた渓谷に響き渡る。各々が思い思いの場所で、その清冽な歌を聞いていた。
「…花が、歌ってる」
アニスのちいさな呟きに、ジェイドはふっと口元を緩めた。
ふわり、ひらり、と花が風に舞う。
渓谷の上から下から、ひらりひらりと、花が散っていく。それが、まるでいつか、彼と故郷で見た雪のようだと、ジェイドは思った。
誰もが言葉を奪われる。
やがて静かに歌が終わっても、すべての花が散り終えるまで、誰一人として、その場を動こうとはしなかった。
それに最初に気がついたのは、ガイだった。
結局彼には会えなかったと、少し落胆して帰ろうとする面々の中で、彼は皆を呼び止めた。
「…待て。あれは、」
月夜の闇に白く浮かぶ花の中、一筋混じった赤橙に、彼は気がついたのだ。
ガイの踏みしめた一歩はだんだん早くなり、やがてほとんど駆け足になる。
ジェイドは反射的に、彼を追って走り始めた。そのあとに、ミュウを抱きかかえたティアやアニス、少し遅れてアッシュとナタリアが続く。
月明かりの下、年齢も服装もばらばらの六人と一匹が、走る。彼らの通った後を追うように、ふわりと光が舞い、セレニアの花が枯れていった。まるで役目はこれで終わったのだと、そう言わんばかりに。けれどそれに気がつくものは誰もいない。
道しるべのように輝く花たちの光、その一際明るい場所。ガイは地に広がる赤橙の前で立ち止まると、膝をついた。
恐る恐る腕を伸ばし、その白い肌に触れる。手のひらが頬をすべり、ガイはほっと息をつく。
規則正しく上下する胸が、その生存を何より如実に伝えていた。
「…ルーク」
ほとんどため息のような声で、ティアがその名前を呼んだ。
ひくり、と瞼が動く。
翡翠色の瞳が、赤い色彩に彩られた睫の下から現れた。
ルークは、その瞳に、仲間達の姿を認めると、にっこりと微笑んだ。
「ただいま」
暁の空の下、約束は果たされる。
2006/3/5