ストーリー
昔々あるところに、それはそれは仲のよい双子の兄弟がおりました。
朝起きるときも夜眠るときも、ずっとずっと一緒です。
二人はそれはそれは見事な赤い色の髪と、輝く緑色の瞳を持った、それは麗しい兄弟でした。
兄の名前はアッシュといいました。
不死鳥の灰、ひいては再生の意味を持つ名です。
彼は血のように深い紅の髪と、燃える新緑の色の瞳を持っていました。
弟の名前はルークと言いました。
聖なる焔の光、つまり破壊の意味を持つ名です。
彼は朝焼けのような赤橙の髪、そして翡翠のような色の瞳を持っていました。
ですがかわいそうな事に、弟のルークは、生まれてからたったの七年で死んでしまいました。
残されたアッシュは嘆き悲しみましたが、しかしやがてある日、彼を生き返らせる魔法があることを知りました。
彼は必死で魔法を学び、ある魔術師の協力を得て、ルークを甦らせることに成功しました。
ルークが死んでからもう十年が経っていました。
その時を待ちわびていたアッシュは、目を開けた弟の身体にすがりつきます。
しかし彼の耳に届いたのは、あまりにも残酷すぎる一言でした。
「…あんた、誰?」
冥府より呼び戻された弟のルークは、自分が死ぬ前の記憶を、全て失っていたのです。
アッシュはこれはおかしいと、ルークの身体を調べて、そして気がつきました。
その魔法を使うには、『素体』というものが必要でした。言うなれば、死んでしまったからだの代わりに魂を定着させる、新しいいれものです。
もともとのルークは男なのですから、当然素体も男のものを使わなければなりませんでした。
なのに甦ったルークの身体は、女性のものだったのです。
アッシュは魔術師を問い詰めました。魔術師の出した答えはこうでした。
「素体を間違えたせいで『新しい転生』をしたルークは、記憶を全て失ってしまったのです。もう一度彼を呼び戻すには、生まれ変わった『ルーク』を殺さなければなりません」
うっかり自分の失敗のせいで新しく女に生まれなおした『ルーク』を殺すことは、いくら弟に会いたいとは言え、アッシュには出来ませんでした。それに「魂そのものはルークのものなのですから、いつか思い出すかもしれませんよ」という魔術師の言葉もあり、アッシュは『ルーク』を、今度は自分の双子の妹として育てることにしたのでした。
ルーク自身には、何一つ告げずに。
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この世界の伝承
かつて聖なる焔が神の命を受けて壊しつくした悪しき旧き世界の灰から、再生の焔が新しい世界を創り出しました。
しかしその時世界を壊した聖なる焔はその身を天に捧げてしまい、魂は世界中に散らばりました。
残された再生の焔は失われた片割れを想い、七百年の間嘆き悲しみ続けました。
それを見た神は、七百年目のある日、残された焔にこう言いました。
「これからお前の悲しんだ七百年の間だけ、お前の魂を天に迎えず、地上で繰り返し生まれさせてやろう。
その間にお前の片割れの魂をもつものを全て見つけられれば、そのときは聖なる焔を甦らせ、二人を共にもう一度、天上で生かしてやろう」と。
再生の焔はそれに頷き、そして長い魂の放浪の旅に出ました。
彼は与えられた七百年、ずっとずっと片割れを探し続けましたが、どうしても最後の魂のひとかけらだけが見つかりませんでした。
やがて来たその最後の日、再生の焔は絶望しながら叫びました。
「弟は世界を救ったのに、世界はその弟を喰らってのうのうと生きている。こんなことが許されるものか!」
しかしそのとき、彼の中から現れたひとかけらの小さな光が、それは違うと答えたのです。
「俺は世界を救っていない。何故なら苦しむ兄さんひとり救ってあげられなかったのだから」
それはまぎれもなく、再生の焔が七百年の間探し続けた、彼の弟の魂でした。
再生の焔は驚いて、そして弟に問いました。
「どうしておまえはここにいるんだ? ずっとずっと探していたのに」
弟は哀しそうに笑って答えました。
「兄さんが俺の望んだことを見ない振りして、ずっと俺ばかり探していたからだよ」
「お前の望んだこと?」
聖なる焔はうなづきました。
「俺は兄さんに幸せになってほしかったのに、兄さんは七百年の間嘆き悲しみ、七百年の間俺ばかり探して、自分の幸せを全部なくしてしまったんだ。死んだ俺を思い出にして、生きている兄さんは歩かなきゃいけなかったのに、兄さんはそうしなかった。だから俺はずっと、兄さんがそれに気がついて幸せになるのを、兄さんの中で待っていたんだよ」
「俺の幸せはお前とともに生きること。それ以外を幸せなどと、俺が思えるはずはない!」
再生の焔は言い返しました。しかし、聖なる焔はふるふるとかぶりをふりました。
「俺はずっといたんだよ。この世界の中のあらゆる魂に、俺は溶けていたんだから。気付かなかったのは兄さんだけさ。それをわざわざ引きずり出して世界を乱して、そして兄さんはまた世界を壊してしまった」
どういうことだ、と兄は問い返しました。弟は悲しそうに、言いました。
「俺の魂は、世界の全てを繋ぎとめる楔として、世界中に飛び散った。なのに兄さんがそれを引っこ抜いて俺を再生させてしまったから、俺はまた崩壊する世界を、きちんと灰にしてあげなくちゃいけない。兄さんがそこからまた、世界を再生できるように」
「そしてお前がまた死ぬのか?」
再生の焔の言葉に、聖なる焔は頷きました。
「そして世界はまたお前を喰らって生き延びるのか」
絶望して再生の焔が呟くと、聖なる焔は「それは違う」と言いました。
「いのちっていうのは、そうやってめぐっていくんだよ。俺の命が新しい世界をめぐるように、兄さんの命だってそうやってめぐっていくんだ。そのことわりから離れられるのは、天に昇った神だけさ」
「ならばお前も神になればいい。世界などどうなったって構わない。俺とともに来い、ルーク」
しかし、「それはできない」と弟は首をふりました。何故だと問う再生の焔に、彼の片割れは言いました。
「俺はこの世界を愛してしまったんだよ、兄さん。だから俺は行けない」
真っ直ぐに緑色の瞳を向け、聖なる焔はまっすぐに、彼の片割れを見つめました。
再生の焔は弟の裏切りに慟哭し、すぐさま彼を殺してしまいました。そして彼自身もまた世界に絶望し、自ら命を絶ってしまいました。
悲しい二人の兄弟は最期まで分かり合えぬまま、そうして死んでしまったのです。
やがてどこからか種が飛んできて、彼らの遺骸に取り付きました。まだ新しい体の水を奪って芽を吹きました。蔓がまきつき、そうして花が咲きました。
春が来て夏がめぐり、秋が過ぎて冬になりました。
世界は焔によって灰にならずに、水と風によって再生されたのです。
神によって天上に迎えられた弟の魂は、もう一度地上に戻りたいと神に懇願しました。
神は何故かと聞きました。天上には飢えも乾きもなく、そして恐ろしい死もありません。
弟は答えました。
「兄さんは七百年の間俺のために嘆き悲しみ、七百年の間俺の魂を探し続け、そして今俺を殺してしまった罪で、水と風で地上に縛られてしまっています。兄さんがああなってしまったのは全て俺のせいです。だから俺も地上に縛られるべきなのです」
神はしばらく、聖なる焔の顔を見つめていましたが、やがて「嘘はいけない」と言って笑いました。
「お前は本当に地上が好きなのだな。ならばお前を地に帰そう。ただし、条件がある」
「何でしょうか?」
「兄がお前のために割いた千四百年、それ以上地上に残ることは許さぬ。再生を司るお前の兄はともかく、お前の力はただ破壊のためのものなのだから」
弟は神妙に頷きました。神はそしてもう一つ、と言いました。
「お前達二人はこの先千四百年、人間として生まれ変わる。ただし、お前達が互いに興味をもつことがないようにする。お前と兄がともにいれば、またお前のその破壊の力が顕現しやすくなるからな」
「そんな!」
「それともお前は、また世界を壊したいのか?」
弟は一瞬悲しそうな顔をしましたが、しかし哀しげに頷きました。
「…わかりました」
「それならよい。…もし親類縁者に生まれてしまった時には、血が近ければ近いほど、どちらかが早く死ぬ事にする。そのときもしおまえ達に記憶があってはかわいそうだから、生まれ変わるたびにお前達の記憶を消しておいてあげよう。他の全ての命と同じように」
聖なる焔は頷きました。そしてふとあることに気がついて、神に問いました。
「それでは俺は、生まれ変わった兄に会っても、もうそれが兄だとはわからないのですか?」
「ああ。それがいのちのことわりゆえに」
弟はそうですか、と頷いて、そして神の前で頭を下げました。
「ありがとうございます。それでは、また、千四百年後に。…我が主」
そうして聖なる焔は、千四百年の間だけ与えられた自由の旅に、出ることになったのです。
それは実は、もう世界にとって不要になってしまった彼という存在に与えられた、消える前の最期の猶予でもあったのでした。
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