メルト
 繋いだ手が何だか熱くて、熱くて、触っているところからとけそうだ、と熱斗は思った。たぶん、熱斗の一歩前で、耳を真っ赤に染めている炎山も、おんなじようなことを思っているに違いない。
 腕を引かれて抱きしめられて、好きだといわれて、キスもした。いろんなところに触って、たぶん、お互いにこの先に進むことを怖がっている。
 後戻りはもう出来ないんだ、とふと気がついて、後頭部を鈍器で殴られたみたいなショックを受けた。そうだよ、だって、触ってしまえば戻れない。積み重ねた時間は、なかったことに出来ない。そんなことをしたら、冗談ではなく、熱斗の今までが全部崩れてしまう。
 冬の雨の下、二人で傘も差さずに、手を繋いだまま。ばしゃばしゃと水溜りを蹴って、どこへいくつもりなんだろう。
 どんどん身体が冷えていく。手だけが、熱い。
 どうしたんだろ、炎山。らしくない。すごく、らしくないよ。
 身体をたたく雨粒が、結構大きくて、痛い。だけどそれより、握られる手に込められた力のほうが、もっと。
 ロックマン、と呼ぼうとして、ふと相棒がいないことに気がついた。どうしてだっけ?
 どうしてだっけ、オレ、何を――何を見た?
「熱斗」
 気がつくと炎山は立ち止まっていて、それですごく綺麗な青い目で、じいっとオレのことを見ていた。
 いつのまにか雨がかからないところまで来てて、そこが、とても大きな建物だってしばらくして気がついた。いつのまに。
「熱斗」
 もう一度炎山に呼ばれた。随分と余裕のない声だな、なんて思ってる間に、べしゃり、と身体に張り付かれる。どっちの身体もぐしょぐしょで、あったかさなんて全然わからない。いつの間にか離されていた手が冷たい。
 炎山はオレの髪をすくように、首筋から頭を撫で上げた。頬を寄せて、いやいやをするように、擦り合わせる。
 まるで、さっきみた、…ロックマンみたいに。
「熱斗」
 そうだ、オレのパソコンの中で、ロックマンとサーチマンが、こういう風に抱き合ってたんだ。オレはすごくびっくりして、それで、…それで?
「炎山」
「熱斗」
「炎山、お前、なんでここにいんの?」
 オレの頭と腰に回された炎山の手に、力が入った。自分でも変なこと言ってるとわかってるのに、何からおかしいのかわからない。
 炎山はオレの背中をあやすように撫でた。
「お前が俺を呼んだからだ」
「そっか」
 そんな覚えはないけど、でも、炎山がそういうんならきっとそうなんだろう。何でかな、今日、オレ、すごく頭がぼうっとしてる。
「なあ、炎山は知ってたの」
「何を?」
「サーチマンとロックマンのこと」
 炎山はしばらく黙っていたが、やがて、ああ、と溜息のような声を漏らした。
「知らなかったのって、オレだけ?」
 その質問には、炎山は答えなかった。イエスであり、ノー。どう答えても正解にならないときには、炎山は黙ってしまう。
「…なんていうか、すっごいショック」
 それが正直なオレの気持ちだった。だってロックマンの傍に一番いたのはオレで、だからロックマンのことを一番知ってるのもオレのはずだったのに。
 教えてもらえなかった。いや、わざわざ、教える必要もないと思ったのかもしれない。
 照れくさかったのかもしれない。だけど、オレは、…傷ついた。教えてくれなかったことにじゃない。こうなるまで、全く気がつかなかったという、そのことに。
 オレはオレ自身に、がっくりきてしまったんだ。
 炎山はしばらくオレを優しく撫でてくれていたが、やがて、冷えるからとりあえず中に入るぞ、といった。大人しく手を引かれる。
 それにしてもなんて熱い手だろ。雨にあんなに濡れたのに。もしかしたら風邪ひいちゃうかもしれない。オレはともかく、炎山はあんまり体は強くなさそうだから。いつもフセッセイしてるのが悪いんだよなあ…。
 そんなことをつらつらと思ってるうちに、炎山は電子ロックの扉をブルースに開けさせて、妙に明るい屋敷内へとオレを連れ込んだ。石造りの大きな建物、ってこれって、もしかして、炎山の家だったりするんだろうか。
 慌てたように駆け寄ってくる執事さんみたいな人とか、タオルみたいなものを抱えて走ってくる、やいとちゃんのうちにいるようなメイドさんを、炎山は片手で制して、風呂に入る、と一言だけ。それでわかったように、すっと皆が引き下がる。違う世界だなあと感じる。
「熱斗」
 炎山が囁くような声でオレの名前を呼んだ。
「なに」
 きゅ、と強く手が握られる。痛い。だけど、そうした炎山の手は、震えてる。いつのまにか、すごく冷たくなって。オレが、炎山を好きだなって思うのは、こんなときだ。
 炎山は、すごく、かわいい。なんて本人にいったら、どんなことになるかわかんないから、黙ってるけど。
「いやなら、この手をほどけ。今なら綺麗なままの身体で返してやる」
 わざと意地の悪い顔をして、口元を吊り上げるのは、ただの強がりだ。それがわからないほど、オレの炎山との付き合いは、短くも浅くもない。
 本人もそれはちゃんとわかってるはずなのになあ、と、少しだけおかしくなって笑った。
「えー、こんなに全身びしょぬれで泥だらけなのに? 冗談だろ」
 そして、その冷たい手を握り返す。たぶん今なら、オレの手のほうがきっとあったかい。だって、オレの顔だって、こんなに熱いんだから。
 炎山は、きっと真っ赤になっているだろう頬に、掠めるようなキスをした。

 そうして結局のところ、オレたちは一線を越えた。何でオレが下なんだ、とか、何で初めてのはずなのにこんなになっちゃうんだとか、いろいろ言いたいことはあるけど、しかもきっかけがきっかけだから、ちょっと何ともいいにくいところはあるけど――こうでもしないと、こうはならなかったという気もするから、ある意味必然なんだろうか。
 オレも炎山も、線を踏み越える度胸はなかった。だから、サーチマンとロックマンのことを見ちゃったのは、ショックだったけど、かえって良かったのかもしれない。それを聞いて珍しくうろたえるサーチマン、というものも見れたし。
 ちなみにロックマンはすっごく不機嫌だったけど、事情が事情だから、あんまり強くは出られなかったみたいだ、と、あとで炎山は言っていた。
「オレは半殺しになるくらいは覚悟してたんだがな」
 しれっとそんなことをいって、やけにつややかに笑う。この場合実際の被害を主に蒙るのはブルースなんだけど(だってロックマンの攻撃はたぶん電脳世界から仕掛けられるのがほとんどだろうから)、ブルースと炎山は一心同体みたいなものなので、別にいいらしい。何ていうかオレたちよりもシンクロ率高いしな。ちょっと面白くないけど。
「それより熱斗。今日は泊まっていけるのか?」
 炎山は、本人曰く、多大なる我慢と忍耐の臨界点を突破して、オレといちゃつかずにはおれないらしいので、あれから、オレが炎山の家に泊まる、ということが増えた。オレも炎山と一緒にいられるのは嬉しいんだけど、ついてくるものにはあんまり慣れない。炎山も無理を押し切る気はないらしいから、やっぱり、今でもちょっと我慢させてるかなって言うところはある。だって仕方ないじゃん、下はいろんな意味で、疲れる。どっちかっていうと、好きの部類には入るけど、次の日きちんと動けないのはちょっと困るんだ。だって、炎山はオレを気絶させるのが最終目標らしいから。
「うん、大丈夫」
 だからそれなりの覚悟をして答えると、伝わったのか、炎山はほんとうに嬉しそうに笑った。ああ、もう、だからそこがかわいいんだって。
『…熱斗くん、でれでれしすぎ』
 横から冷たい突っ込みがはいるけど、今のオレにはちっとも響かない。そうかもな、とにやつきながら認めると、ロックマンは大きく溜息をついて、PETの中に戻ってしまった。
 だってしょうがないじゃん。どっちみち、オレは、炎山が好きで好きでたまらないんだから。たぶん、ロックマンがサーチマンを好きなのと、同じくらいかそれ以上に。
 ――恋の熱で溶けた頭は、そうそう簡単に冷えそうにない。


2008/11/18




言い訳

炎熱+サチロク。自分に正直に、物凄く甘いです。ええと、十代後半くらい?
タイトルは初音ミクの「メルト」より。あの照れくさい歌詞が好きです。汚してごめんなさい。というか汚い大人でごめんなさい。
サチロクの××(お好きな言葉を入れてください)シーンを見て熱斗くんはショックも受けましたが、たまたま一緒にいた炎山様と同様によくじょーもしました、という。
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