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 それは、人間というよりも、むしろ鳥に似ていた。白くペインティングされたその身体は、直線と曲線のみで構成された、およそ自然の造形とは程遠い姿をしていたが。
 最新型の汎用人型兵器<オービタルフレーム>。青い炎の翼で舞い上がる、その鋼の鳥の名は、エインヘリャルといった。いくつもの試作を重ねた末、完成に至るまでに五年を要し、投入された人材と費用に至っては、計算することさえ恐ろしい。
 まだ幼い鋼の鳥の操縦者<フレームランナー>は、あちこちで最終調整に勤しむ整備士たちの邪魔にならない程度に、自分の相棒となる機体を、目をきらきらさせながら眺めて回っていた。
 彼は何故自分がフレームランナーに選ばれたのか、その理由を知らない。彼の父はオービタルフレームの開発責任者の立場にあったが、それでもまだ十をいくつか越えたばかりの子どもを、国家機密レベルの超兵器に乗せない程度の良識は持っている。周囲がいぶかるのも当然の話で、中には光博士がその新機を私物化するつもりなのだといったような、あまり良くない噂もあった。それはある意味的を得ている。だが、事実は往々にして、噂よりも恐ろしい真実を孕む。
 フレームランナー・光熱斗は、パイロットスーツに身を包んで、無重力の床を蹴った。
『熱斗くん、もうすぐだね』
 彼のネットナビ、ロックマンが、ふわりと青いホログラフィの身体を現す。熱斗は幼い頃から共にある相棒に笑いかけた。彼もまた、熱斗と共に、エインヘリャルの戦闘用AIとして、鋼の鳥に乗り込むのだ。そのためのプログラムの書き換えと調整も、何度も繰り返し行われている。
 広い部屋の中央から、放射状に張り巡らされた重力帯のラインのひとつに、ふんわりと着地した熱斗は、そのまま真っ直ぐに研究室の中心へと歩き出した。計器の前で彼らを待っていた父・祐一朗は、どこか疲れたような笑顔で二人を迎える。その背後には二人、ニホン軍の制服を着た将校が、まるで彼らを威圧するように立っていた。
「起動準備が整いました」
 熱斗の背後から、顔見知りの研究者の声がかかった。いよいよだ。
「いってくるね、パパ」
「…ああ。気をつけて」
 死ぬな、といいかけた言葉を飲み込み、彼は頷く。わかっている、といわんばかりの子どもたちの顔が、彼には酷くまぶしく感じた。
 コックピットに乗り込むふたりのこども達の姿を、祐一朗は、まるでその目に焼き付けるように、じっと見つめる。

 エインヘリャルが、飛ぶ。死せる英雄達の楽園<ヴァルハラ>から、新たな魂を刈り取るために。
 暗い星の海の中へと、青い鳥は飛んでいく。――自らの背負う、運命も知らずに。


2008/11/16 ZoEパラレル 光親子
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「ああ、ちくしょう!」
 シャーロ軍情報部第十三部隊隊長ライカは、自らの機体フェンリルの思考パターンを、索敵モードから戦闘モードへと変更した。その間にも、赤い翼の放つ攻撃は休まらない。
 青い鳥を庇いながらでは戦えない――そう瞬時に判断し、傷ついたそれを、深い地溝へと投げ捨てる。運がよければ助かるだろうし、助からなければそれまでだ。が、こと頑丈なことで有名なニホン軍のオービタルフレームが、ほんの数百キロ程度の落下で壊れるとは思えない。もっとも、ランナーの方が無事かはわからないが。
 IPCの誇る最新鋭の機体、レッドラプソディ。それを操る、IPC総帥の息子にして、最強のフレームランナー――つまり、人殺しとして悪名高いという意味だ――伊集院炎山は、怪我人を守りながら相手にするには、あまりにも分が悪すぎる。
 機体が生きるも死ぬも、ランナー次第。エインヘリャルのランナーの腕自体は決して悪くはなかったが、何せ機体の損傷が酷すぎた。民間の船団を護衛しながら、たった一機でWWWの侵攻を食い止めていたのだから無理もない。あげくにアメロッパ軍とIPCの追撃まで受けて、良くぞここまでもったものだ。賞賛に値する。
 青い鳥は暗い溝へと落ちていく。それを追わせないために、ライカは赤い獣に立ちはだかった。間に合わなければ、あのランナーは死んでしまう。それは嫌だ、と、ライカの中で叫ぶ声がある。
「オービタルフレーム・エインヘリャルは、現在シャーロ軍の保護下にある! 余計な手出しは遠慮してもらおうか」
 パイロットに接触を試みるべく、通信回線を開いて、ヴォイスメッセージを送信する。しばらくして、レッドラプソディが攻撃を停止した。向こうからのアンサーを受信した、とどこか無機質な声でサーチマンが告げる。
「エインヘリャルのフレームランナー光熱斗と、そのネットナビロックマン。彼らの身柄の引渡しを要求する」
「断るといったら?」
 通信の画面に映った美しい少年は、酷薄な笑みで以ってその秀麗な容貌を彩った。
「斬るだけだ」
 ばつん、と回線が切られると同時に、衝撃波がフェンリルを襲った。強い。それも桁違いに。
 コックピットの中でも随分身体が揺れたが、サーチマンがすぐに体勢を立て直した。しかし、赤い鳥は既に、青い鳥を追って遥か地面の底へと向かっている。
「何て速さだ…!」
 後手に回っている上、フェンリルは素早さに優れる機体ではない。追いかけても、距離は開くばかりだった。
「サーチマン、落とせるか」
『理論上は。しかし、エインヘリャルを犠牲にします』
 響くように返された声に、どこか悔しそうな響きがあるのは、ライカの気のせいではないだろう。ネットナビの『ココロ』は、とても人間に近い。
「クソッ」
 あまりの歯がゆさに、ライカが舌打ちした、そのときだった。
 レッドラプソディの向こう、ニホン軍の白いオービタルフレームが、突如眩く発光したのだ。白い光に画面と網膜を灼かれ、ライカは反射的に目をつぶった。その隣で、サーチマンが、驚いたような声を上げる。
『な…んだ、このエネルギーは…?!』
 次の瞬間、フェンリルの機体に、ガン、と何かがぶつかったような音がした。その衝撃も覚めやらぬまま、フェンリルは突如急上昇を始める。
 強い重力に引きずられる身体を感じながら、ライカはぜいぜいと叫んだ。
「何が起こってるんだ、サーチマン!」
『エインヘリャルです! エインヘリャルが、フェンリルを抱えて急上昇――レッドラプソディを、引き離しています』
「何だと…?!」
 内臓が押しつぶされそうなほど、強く操縦席に押し付けられながら、ライカはコックピットの全周囲画面を睨みつけた。青い翼の、白く輝く鳥の腕が、フェンリルの機体を抱きかかえている。まるでヴァルハラの英霊が、新たな友を見つけた喜びに、打ち震えているかのように。

 しばらくして速度が落ち、ライカがようやく人心地ついた頃、サーチマンが言った。
『ライカ様、エインヘリャルから通信です』
「開け」
 こんな無茶苦茶な操縦をするランナーはどんな人間なのか、純粋に興味があった、というのが二分の一。こんな無茶苦茶な操縦をして、えらい目に遭わせてくれたな、と嫌味を言ってやりたいのが四分の一くらいの気持ちで、ライカは画面に相手の顔が映るのを待った。
 果たしてそこに映ったのは、まだ幼い、おそらく十を少し越したほどの年齢の少年だった。人種の違いを鑑みても、ライカと同じくらいか、それより幼いくらいだろう。同じほどの年齢だろう、先ほど見た赤い鳥のランナーよりは、随分と子どもっぽい顔つきをしていた。
「ええと、君がフェンリルのランナー?」
 向こうもこちらの顔を驚いたようにまじまじと見つめ、それから慌てて、表情を改めた。
「オレはエインヘリャルのフレームランナー、光熱斗。所属はニホン軍。さっきは庇ってくれてどうもありがとな」
 あれを庇った、と表現するあたり、このランナーは相当のお人よしだな、などと内心呆れながら、ライカも答える。
「シャーロ軍所属、フェンリルのランナー、ライカだ。こちらこそ助力に感謝する。あと、民間船団護衛についても。我々がもっと早く着いていればよかったんだが…」
「いや、あれは油断したオレたちが悪い」
 光熱斗はこともなげにそう言い、それから、申し訳なさそうに眉を寄せた。
「ええと、言いにくいんだけどさ」
「何だ?」
「エインヘリャルがさあ、そろそろ燃料切れなんだ。だから、できればこの辺で補給ができればありがたいんだけど」
 このあたりはシャーロの宙域だから、ニホン軍の補給基地などはない。本来補給する予定だった宙域は、今はWWWとの交戦の後始末でそれどころではない。そこにレッドラプソディの襲撃がかかったわけだから、エインヘリャル自体もぼろぼろの筈だ。五体満足についているのが不思議なくらいだった。
「わかった。もう少し進めば、我が軍の基地がある。そこで掛け合ってみよう」
「助かるよ…」
 言葉が最後まで発音される前に、少年の身体がぐらりと傾いだ。画面外に消えてしまった姿に、慌てて声を上げる。
「おい? 光、おい、大丈夫か?!」
 突然、画面がばつりと音を立てて切り替わる。そこに映ったのは、どことなく光に似た面差しの少年型ネットナビだった。
『ごめん、ボクのオペレーター、もう限界みたい。自動操縦モードに切り替えた』
「怪我は? 身体の異常はないか?」
 青い少年は頷いた。
『打撲が数箇所あるくらいで、健康は健康。ただ、ここ三日ほとんど飲まず食わずで、しかも寝てないからね。気が抜けて、疲れに負けちゃったみたい』
 苦笑する少年は、そのままの表情で、目的とするシャーロ軍基地の座標を要請した。サーチマンに命じて送信させる。
 小さな辺境基地だから細かい調整はきかないだろうが、機体の簡単な修理程度もできる筈だ、という旨を伝えると、少年はありがたいけど、とかぶりを振った。
『メインの飛行機関に無理させちゃったせいで、結構損傷しているから。多分もう飛べないし、出来ればうちの軍に引渡してもらえるとありがたいかなあ』
「その必要はない」
 突如割り込んだ声と同時に、アラートが響き渡る。
『十時の方向に、機影発見! こちらに向かってきます――レッドラプソディ!』
「なっ?!」
 サーチマンの報告に、ライカは目を剥いた。ロックマンの表情が凍りつく。
 赤い鳥が、迫る。がん、と衝撃を受け、フェンリルの機体が吹っ飛ぶ。
 フェンリルを蹴っ飛ばしざまにエインヘリャルを奪い取り、レッドラプソディの赤い翼が遠ざかる。
『何を考えてるんだ、炎山くん、それにブルース!』
 よほど動転していたのだろう、ライカとの回線をつないだまま、レッドラプソディのランナーとナビに、青い少年が怒鳴りつけている。
 激昂する少年に、聞き覚えのある声が、冷たく答えた。
「黙れ。お前などに、文句を言われる筋合いはない」
 抑えた声からも、怒りが滲み出ている。それに続けて、別の男性の声が聞こえた。
『WWWはオレと炎山様が潰す。貴様と光の出番はない!』
『ブルース!』
 にべもない返答に、少年の声が高くなる。冷静に状況を見極めながら、ライカは二機との距離を、開けすぎず、詰めすぎない程度に保った。
 大事なのはタイミングだ。幸い、エインヘリャルがいるせいか、レッドラプソディは先ほどのような速度を出すことは出来ないらしかった。
『ライカ様』
 低く抑えたサーチマンの囁きに、ライカは頷いた。
「やれ」
 一発目はレッドラプソディの右肩に。二発目は避けられてしまったが、しかし目的は果たした。
 遠距離狙撃で威嚇しつつ、吹き飛んだレッドラプソディの腕からこぼれたエインヘリャルに近づく。重力障壁を展開してしまえば、相手の攻撃は全く効かない。
 ちかちかと視界の端に映る光を確認しながら、ライカは通信回線を開かせた。
「我らの宙域で好き勝手はさせない」
 画面の向こうでは、憎々しげな、いっそ凶悪と言って差し支えないほどの表情を少年は浮かべていた。
「…今回は引くが、熱斗は必ず取り返しにいく」
 それきり通信を切り、赤い鳥は残像を残しながら、凄まじい速度で飛び去っていった。
 シャーロ軍の機体が近づいてくるのを確認しつつ、ライカは低く吐き捨てる。
「させるか」
 青い鳥に手を伸ばし、しっかりと抱きかかえてから、フェンリルは目指すべき基地へと進路を取った。


2008/11/16 ZoEパラレル ライ熱←炎山




言い訳

 ライカの機体に北欧神話から名前取ってるのは、熱斗のパパが開発した、エインヘリャルのある意味兄弟機だからです。ちなみにレッドラプソディはIPC社製の軍事用フレーム。所属はIPCの私軍。とかそういう設定を考えるのがすごく楽しかった…。
 余談ですが、これ書いて初めてエインヘリャルが何なのか知りました…。VPでいうエインフェリアのことだったのか。でもあんまり正しくは反映されてません。実は最初はヴァルキリーにしようと思ったのですが、オービタルフレームの外見だと(特にアヌビスとかジェフティ)、何となく女の子の名前付けにくくて…。
「コックにあるからコックピット」は名言だと思います。つまりファフナーの逆ってことだね。

<この先万が一にも続きを書くことがあったらネタバレになる恐れが激しく高い設定 ここから> アメロッパ軍を裏切って星系丸々一個乗っ取ったワイリーにいいようにされてる地球側の最後の希望がエインヘリャル。名前がエインヘリャルなのは、元になったオービタルフレームがあるからです。それに乗ってた人がバレルさん。もちろんと言っては何ですが、生きてません。
 ロックマンは唯一ワイリーに対抗できた光正博士の作ったプログラムを元に、光熱斗の死んだ双子の兄・彩斗のDNA情報をつかって、きわめて人間に近く作られたネットナビです。まあこのへんはゲームと一緒。で、フルシンクロ能力もあります。
 フルシンクロをすることで、熱斗とロックマンはオービタルフレームの能力を限界まで引き出すことが出来るということに光博士は気がついてしまいますが、機体のダメージがそのまま熱斗とロックマンにも行ってしまうので、大変に危険であるということも同時に察します。ですがそのくらいしないと猛威を振るうフォルテとプロトに勝てないので、ニホン軍の要請もあって、仕方なく息子たちをエインヘリャルに乗せます。
 地球の軍隊は細かく分かれていて、アメロッパとシャーロはあんまり仲が良くないです。ニホンは中立ですが、科学技術はトップクラスなので、オービタルフレームの製造はもっぱらニホンの科学省とかIPCなどの大企業が共同でやってます。フェンリルはニホンとシャーロが協力して作った機体で、量産型も存在します。計算と索敵に優れます。レッドラプソディはIPCと仲のいいアメロッパが協同で作った機体で、接近戦重視のスピード型。他にグリーンレクイエム、ブルーノイズというタイプ違いの量産型があります。名前はちょっと入れ替えてたりしますが某KHからです。ごめんなさい。重さ=攻撃力ではない、という設定(武器も機体も軽量で威力がでかい=単体で相当強い)。
 エインヘリャルはニホン科学省とIPCの共同開発で、ほとんどはじめから熱斗とロックマンのフルシンクロを当てにしているので、あちらこちらで彼らの癖に合わせたカスタムになってます(他の人ももちろん使えますが)。
 IPCとアメロッパ軍が熱斗くんを追っているというよりは、炎山が熱斗くんを追ってます(IPCとかが追ってるのはむしろ炎山)。
 フォルテとフルシンクロ状態で戦うと、死にはしなくても熱斗が廃人になる可能性がかなり高いということを知って、炎山は熱斗たちを戦場に出させないつもりです。捕まえて監禁して、その間に自分たちでワイリーを潰す気。ロックマンは熱斗が廃人になる可能性には気がついていませんが(ちなみに炎山たちは彼が気がついていないということに気がついていません)、かなり危ない橋だということを知っています。熱斗くんも危ないということは知っているけど、そのへんの理由はやっぱり知りません。炎山(とブルース)がキレてるのはそこらへん。
 メイルちゃんとかの設定はまだ全然何にも考えてません。ごめんなさい。というかもはやエグゼでもZOEでもないという。
</ここまで>
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