王子様の憂鬱
「熱斗。デートするぞ」
「おう、わかった」
その間実に三十秒。炎山がもし恋愛映画の監督だったら、高らかな声でカットと叫び、このシーンの撮り直しを命じたに違いない。
しかし何とも情けないことにこれは現実であり、主役は自分のライバルと、そのライバルに想いを寄せる、こちらも知らぬ仲ではない軍人の青年であった。
色気も何もなく約束を取り付け、さくさくと事務的にデートコースを決定し、ではまたあとで、とあっさり去っていた長身の背中に、炎山は眩暈を覚える。何も可愛らしく照れて見せろなどとは言わない。しかしこれはあんまりにあんまりだ。
それに応える熱斗は熱斗で大して動揺もせず、楽しみだな! とからっと笑ってライカを見送った。そこに恋愛の甘さなどというものはその片鱗さえも見えない。いや、頑張れば見えるのかもしれないが、とりあえずそちら方面に関しては常人以下のやる気しかもたない炎山にはわからない。
そう、常人以下の興味しか恋愛に対して持てない炎山の目から見ても、熱斗とライカのやり取りはあまりにもあけっぴろげで恥じらいがなくて、さらりとしすぎていた。ここが天下のニホン科学省の中枢部、光博士の研究室の中とは思えないし、彼ら自身もそんなことは欠片も意識していないのだろう。
寸劇の舞台である部屋の主であり、自分の子どもとその恋人のあまりにも淡白なやりとりを隣で聞いていたと思しき光博士は、眉間に深く皺を寄せた炎山に、にこにこと笑顔でコーヒーを勧めてきた。反射的に受け取ると、博士は優雅に一口、自分のカップに口をつける。
そのあまりにも落ち着き払った様子を見て、慣れているのか、と判断した炎山だが、いやあ、自分と妻の若い頃を思い出すなあ、などと、聞きようによればただののろけとしか思えない言葉を彼がのたまった瞬間、正しく理解を改めた。
熱斗のは血だ。十中八九そうだ。天然の一族なのだ。…何と恐ろしい。
炎山は思わず、自分のPETを見下ろした。そこにいるはずのネットナビも、今の会話を聞いていたはずだ。
恐ろしいことは常に重なっているもので、何を隠そう自分のナビは、自分のライバルのナビの恋人なのだった。ちなみに、淡白さ加減では、彼のナビもライバルのナビも、決してオペレーターたちに負けてはいない。
が、少なくとも、あのシャーロの軍人よりはもう少し照れとか恥じらいとかTPOとかをわきまえている筈だ、と炎山は信じることにした。
でないとやってられない。
炎山は本日幾度目かの、深い深い溜息をついた。
2008/9/20 五年後のRGB ゲーム設定寄り
揺籃
「お前は本当にロックマンが好きだな」
あきれたようにライカは自分のナビ、サーチマンを見つめた。床に直接座り込んだたくましい体躯のその膝の上では、辛うじてスリープモードにこそなっていないものの、ぐったりとした様子で疲れ果てて舟をこいでいるロックマンが、安心しきった様子でその身を任せている。
あの赤ん坊が現れてこっち、その世話に振り回されていた彼が、どうにか空き時間を作って、次の日に帰る予定になっているライカとサーチマンのもとを訪ねてきたのはつい先ほどだ。
が、ロックマンの疲労は見た目にも酷かった。サーチマンが休息を勧めたら、あれよあれよとこの状態になってしまい、二人に気を使って一時的に席をはずしたライカが戻ってきてこの光景を目にした次の瞬間発した言葉が、先ほどの呆れ交じりの感心であった。
サーチマンは、肯定も否定もせずに、そっとロックマンの背を撫でさすっている。サーチマンのココロプログラムは通常のナビのものよりも情動を抑制してプログラミングしているのだが、他のナビに恋心を抱くとは。不思議なことだとライカは思ったが、それを口にすることはしない。
サーチマンは、普段は冷たくすら見える赤い瞳を柔らかく細め、無防備なロックマンを眺めている。その様子はどこか親子のようでもあり、兄弟のようでもある。それでいて、それ以上に甘いような気もする。
少なくとも、自分と光熱斗の間では、到底紡ぎ得ない関係だろう。ふとそう思って、ライカは静かに笑った。
彼らの関係は、少し羨ましくはあっても、不愉快ではない。そのことだけが、今のライカにわかる全てだ。
2008/9/21 サチロク+ライカ アニメ設定
雪とスープとネットセイバー
熱斗がシャーロに留学してから、会いに行くのは初めてだ。もろもろの事情がかさなって、少々気が重い。とはいえ、ネットセイバーとしての仕事も兼ねているため、熱斗と二人きりというわけではなく、必然的にライカとも顔を合わせることになる。しかし、こちらのほうは素直に楽しみだといえた。
シャーロのネットセイバー本部に足を踏み入れると、また少し背が伸びたらしい熱斗と、さらに頭ひとつ半は大きいライカが、ロビーで待ち構えていた。
「よ、炎山、ひさしぶりだな」
軽く手を上げて笑う熱斗の肩には、ちょこん、と彼のナビであるロックマンが腰掛けている。隣のライカの肩にも同様にサーチマンが乗っているが、こちらはさすがに、可愛らしい形容詞は似合わない外見だ。
「…ああ。ライカも元気そうだな」
「まあな。今回はわざわざ来てもらって、すまない」
やや表情を緩めて、ライカ。会うたびに、彼の纏う空気が少しずつ柔らかくなっているのは、多分気のせいではないだろう。
「いや、構わないが…お前達でも苦戦するとは、珍しいな」
サーチマンもロックマンも、歴戦の優秀なナビだ。並みのウィルスやナビ程度なら、オペレーターなしでもデリートできてしまう程度には強い。それに、オペレーターとしての技術は、タイプの差こそあれ、ライカも熱斗も、トップクラスに近い。
彼らがてこずるとなると、よほど手ごわいか、相手が多すぎるか、あるいはその両方か、だ。自然と厳しい顔になる炎山だが、それに対して、ライカはかえって余裕のある態度でさえあった。
「まあな…。詳しい話は会議室でしよう。熱斗、あとでな」
「ああ。じゃ、頼んだぜ、二人とも」
熱斗はに、と笑って見せると、先ほど炎山が入ってきたドアをくぐって出て行った。
「会議室はこっちだ」
ライカの声に、炎山も後に続く。
「熱斗は?」
「あいつは別任務だ」
「別任務?」
ライカはちらりと振り返って、いたずら小僧の笑みを浮かべた。
「まあ、お楽しみ、というところだな」
作戦は成功した。
シャーロの国防システムにアタックをかけてきていたナビはブルースとサーチマンの手によりデリートされ、そのナビの持ち込んだウィルスも先ほど一掃された。だが、面白いほどに相手の動きが読めていたため、ブルースも炎山も、何故熱斗たちが彼らに苦戦していたのかさっぱり理解できなかった。
しかも結局熱斗とロックマンは戦闘には参加せず、炎山が不審を積もらせていたところに、ライカが珍しく食事の誘いをかけてきたのだ。炎山は少し迷った後、それを承知した。
「俺の家で悪いがな」
「それはかまわないが…」
「熱斗のことなら、今はまだ秘密だ。直接見たほうが面白いと思うぞ」
「面白い?」
どういうことだ、と尋ねるが、ライカは笑っただけで答えない。
しばらく無言で、雪の降る道を歩く。
熱斗が留学先をシャーロに決めたと聞いたとき、炎山は少しばかり面白くなかった。
ネットワーク研究の第一人者である光博士のいるニホンを除けば、インターネットの研究機関が最も充実しているのはアメロッパであるし、炎山自身も、しょっちゅうアメロッパに出張している。
だから、彼がシャーロに行くと言ったとき、予想外であると同時に、なんとなく裏切られたような気持ちになったのだ。
不機嫌になり、理由を問いただす炎山に、熱斗は言った。
「まあ、理由はいろいろあるけど、ひとつはネットバトルかなー」
「ネットバトル?」
「うん、ライカのバトルスタイル。ほら、ブルースとかと違って、ロックマンはスピードはそんなに速いほうじゃないし、HPだって特別高くないから、ホントはそんなに近接戦向きじゃないだろ。だから遠距離戦の得意なサーチマンの戦い方が、参考になるかなーと思ってさ」
炎山は、何故かその熱斗の言葉に、むかっときた。
(お前のライバルは――お前の追うべきは俺だろう?)
だから少々棘のある口調で、
「…そんな理由でシャーロまで?」
と言ってやったのだが、熱斗は意に介してもいない。
「いや、他にも、ネットワークの構築理論とかいろいろあるけど。っていうかそんな理由ってなんだよ、オレはオレなりにネットセイバーとしての修行をだなあ」
「もういい」
さらに機嫌を下降させ、炎山は会話を打ち切った。
そしてそれ以来今日まで、熱斗とは連絡を取っていなかったのである。
あのマンションだ、とライカが指差したのは、少なくとも外見上は、ごくありふれたそれだった。
「一応ネットセイバーの官舎のようなものだから、セキュリティだけはしっかりしている」
玄関で認証を終えると、自動ドアが音もなく開く。と、ロックマンがライカの肩の上に突然現れた。
「おかえり、ライカ、サーチマン。熱斗くんはもう先についてるよ」
「わかった」
ふっとロックマンが消える。きょとんとする炎山に、どうした、とライカは声をかけた。
「熱斗も一緒なのか」
「当たり前だ。直接見たほうが面白い、と言ったろ」
ライカはそういうと、さっさと歩いていってしまった。少し奥に進むとエレベーターがあり、しばらくすると箱が下りてきた。
エレベーターの中に入ると、ライカは7と書かれたボタンを押す。ドアが閉まると、今度はサーチマンが現れた。
「準備が出来た、と連絡が」
「そうか、わかった。お前も先に行っていろ、多分ロックマンがそろそろへたばっている頃だ」
「了解しました」
サーチマンの姿も消える。先ほどから自分そっちのけで話が進むので、炎山は何だか居心地が悪かった。
エレベーターが七階に到着する。チン、と音を立てて、開いたドアを右に曲がり、三つ目のドアの前でライカは立ち止まった。
「ここだ。…悪いが、今日は足の踏み場がないかもしれない」
「は?」
PET認証でドアを開けたライカの肩の向こうを見てしまった炎山は、さすがに、ちょっと引いた。
見える範囲の廊下のあちこちが配線だらけで、そうでないところには本が散乱している。空いた場所に積み重なったPCの残骸と思しき箱は、ときおり焦げ目さえついていた。
「誤解される前に言っておくが、半分は熱斗の責任だ。今回のミッションの為に大分無茶をしたからな。…まあ、流石にリビングは片付けてある、はずだ」
ライカはそういうと、器用に本とコードの間をすり抜けて部屋の中に入っていった。炎山もその後に従う。
それほど狭い部屋とも思えないが、妙に圧迫感があるのは気のせいだろうか。そのうち、荒れた部屋にはそぐわない、妙に食欲をそそる匂いが、炎山の鼻腔に届いた。
ライカの言うとおり、リビングルームと思しき部屋は、すくなくとも食事を取る程度のスペースがあけてあった。部屋の隅には、小型のサーバーのようなものが据えつけてあり、それに接続されたPCの前で熱斗が凄まじい速度でキーボードを叩いている。
「熱斗」
「おう、ライカ、おかえりい。今ちょっと手が離せないから、先にご飯食べといてよ」
その言葉に、炎山は少なからず驚いた。
あの花より団子、団子よりご飯の熱斗が、ご飯より作業を優先している。しかしライカは慣れているのか、つかつかと熱斗の背後に歩み寄ると、PCの画面を覗き込み、次いでサーチマン、と声をかけた。次の瞬間、彼のナビがホログラフィとして現れる。
「作業はどうだ」
「問題ありません」
「あとどのくらいで終わる?」
「二十分あれば」
「よし」
淡々と会話をこなし、サーチマンはあっさりと消えた。ライカは炎山のほうに振り返った。やっぱり、いたずら小僧の笑みを浮かべていた。
「折角だから先に種明かしをしておこう。俺たちが今回苦労していたのは、あのナビにサーチマンでも捕捉出来ないステルス機能がついていたせいだったんだが」
「何だって?」
炎山は素直に驚いた。
サーチマンの検索機能は、世界でもトップクラスだ。それを掻い潜るとなると、かなりの高性能プログラムを持っていると考えていい。戦闘中はこの程度でシャーロの国防システムにアタックするとは、と不思議にさえ思っていたのだが、実はそれ相応に優れたナビだったらしい。
「で、あいつを捕まえるために一計を案じたのが、何を隠そうこの熱斗だ」
「熱斗?」
炎山は熱斗とライカを見比べた。頭脳戦と熱斗、というのは、どうにもイメージがちぐはぐで、かみ合わない。
ライカにとってはそれは予想通りの反応だったのだろう、面白そうに笑うだけだった。
「ああ。詳しくは機密だからいえないが、ステルスのプログラムを強制解除したんだ」
ライカはさらっとこともなげに言ったが、それがどれだけとんでもないことなのか、炎山にはよくわかった。
「…もしそれが本当だとしたら、熱斗の才能は、光博士を上回るかもしれないな」
辛うじてそれだけを言い、炎山は、いまだ画面とにらめっこを続ける熱斗の背中を見つめた。
「そうだな。最近は、あいつをニホンのネットセイバーから引き抜けないか、と上がうるさい」
そうぼやくライカの表情が本当に鬱陶しそうで、炎山はおもわずくすりと笑った。
だが、その笑みもすぐに、引っ込めざるをえなかった。ライカが真面目な顔つきで、こういったからだ。
「お前が、熱斗がシャーロに来るのを面白く思っていなかった、と聞いたからな。本当はサーチマンだけでも十分だったんだが、今回は、お前にこれを見せてやろうと思って、呼び出したんだ」
炎山は今更ながら、ライカの機嫌が、実はそれほど良くないことに気がついた。
彼がらしくなくにこにこ笑っていたのは、炎山が振り回されていたのを見て楽しんでいたからだ。
言外に、ライカは告げている。
(熱斗はお前だけのものじゃない。俺の友人でもある。熱斗が何を追おうが、それは熱斗の勝手だ)
炎山は激しく羞恥した。熱斗に対する自分の執着心が並々ならないことについては自覚はあったが、まさかそれをライカに指摘されるとは思っていなかった。
「…すまない、ライカ。俺が少し、大人気なかった」
ライカは、いや、とかぶりをふった。
「お互い様だ。今回のことを黙っていたのは、悪いと思ってる」
「っつーかふたりとも、俺と俺の作ったご飯に悪いと思えよ。冷めるぞ」
突如割り込んだ声に、ぎょっとしてふたりが振り返ると、いつのまにかPCの前から移動し、テーブルセッティングまで済ませた熱斗が、食卓の椅子に座って頬杖をついていた。
「って熱斗、作業は」
「ライカが炎山に飛ばす棘が気になって集中が切れたんだよ。ったく、俺のいるところで俺の話するなよな、恥ずかしい」
ほらお前らさっさと座れ! と、熱斗は不機嫌そうに言った。だが、
「熱斗くん、顔真っ赤」
くすくすと彼の肩の上で、青いナビが笑う。からかわれた熱斗は頬を膨らませ、小さな子供のように唇を尖らせた。
「うるさいぞロックマン!」
「ほらほらふたりとも、熱斗くんがおなかすいて倒れちゃうから、はやく席について」
熱斗の抗議を聞き流し、ロックマンは二人に席を勧めた。
ライカは何事もなかったかのように、自然に熱斗の隣に座った。炎山もそれに倣って、ぎこちなく、席に着く。
正面に座っている熱斗は相変わらず緊張感のない顔をしていて、まさか彼が検索専門ナビの手に余るほど高度なステルスプログラムを剥がせる、桁違いのプログラミング能力を持っているなどとは、その見た目からでは到底想像もつかない。
「冷めないうちに喰えよな」
「わかったから、人をスプーンで指すな」
炎山は湯気を立てるスープをひとすくい、口の中に入れた。温かさが身体に染みとおるのを自覚して初めて、彼は自分の身体が冷え切っていたことに気付く。
「…うまいな」
「だろう?」
ライカは炎山の言葉にうなずく。
「熱斗は何故か、料理が上手だからな」
「何故かって何だよライカ」
「言葉通りの意味だ」
「そんなこというなら喰うなよなー」
「それとこれとは話が別だ」
というか、何でライカが自慢げにしてるんだ、と、炎山は突っ込もうかと思って、やめた。
外は雪。食卓の周りはコードだらけで、並んでいるのは十代も後半に突入して可愛げのすっかり抜けた男が三人と、そのナビたちだけだ。
何とも潤いに欠ける光景だったが、しかし、炎山の心は不思議に安らいでいた。
2008/9/21 大学生くらいのRGB
言い訳
Beast「料理は愛情」の凄まじい包丁スキルを発揮するねったんを見て。この熱斗とライカは何故か同居か、少なくとも同じマンションに住んでいます。
ねったんさえいれば世界は救われると本気で思います。ああほんとかわいい。ねったんは俺の嫁。…じゃなかったライカの嫁だった。
あとライカと炎山とかディンゴが仲がいいと、なんだかお前ら友達できてよかったなあと安心します。だってディンゴはともかく、ライカと炎山にはコミュニケ能力にどうかんがえても問題がある。特にライカ。
ライカと炎山は性格近いから相性よさそう。…でも熱斗との遭遇前の彼らが仲良くなるかどうかは別問題の気もする。同属嫌悪か無関心か。熱斗くんは偉大だ。
でもやっぱり炎山にとっての熱斗は多分他の人とは別格だろうなあ。アニメライカは何かいつのまにか落ちとったのでなんというかなんともいえないけど、ゲームライカにとっても熱斗くんは「はじめてのともだち(笑)」だし。でもそうなると二番目は炎山か。また微妙な。(サーチさんは部下>友達)
まああれだ、結局皆熱斗くんが好きなんだよ! というわけのわからない締めをしてみる。いつものことですねすみません。