Convertion:1
 たくさんのひとのココロがキモチが頭の中に流れ込んできて、まるでいきなり底なしの海の中に突き落とされたみたいだった。
 よく知った気配を一生懸命探したけど、声が小さいのか、光が遠いのか、どうしても見つからない。
 そんなとき、聞こえたんだ。一生懸命アイツが、オレのことを呼んでいるのが。
 いまいくから。声にならないままつぶやく。オレが、アイツを助けなきゃ。
『違う、そっちじゃない――』
 誰かの声が聞こえる。だけどオレはもう、とっくに意識をそっちに集中させてしまっていて――そして。
 強烈に、引きずられるみたいな感覚。抵抗さえ出来ないまま、ずるり、と。
 自分が目を開けているのか閉じているのか、それもわからないくらい目の前がいきなり真っ白になった。


 次に目を開けたときに見えたのは、真っ白い天井だった。
「…あれ、オレ、なんで?」
『…! 熱斗くん、目が覚めたんだね』
 すぐ隣から、さっきまでさんざん探していたはずの声が聞こえて、オレは慌てて身体を起こした。
 ベッドサイドに置かれた青色のPETの画面の向こうで、ロックマンがほっとした表情を浮かべている。
『よかった…なかなか意識が戻らないから、心配してたんだよ』
「…オレ、どうなったんだ?」
 頭がガンガンと痛む。これがココロネットワークの後遺症ってやつだろうか、とこめかみをさすっていると、ロックマンは、痛むの? と心配そうに尋ねてきた。
「うーん、ちょっと。なんかぐらぐらする…」
 何だか乗り物酔いしたときみたいだ。ちょっと吐き気もするし。
『ほかにおかしいところはない? 身体は?』
「ああ、特にないけど…あのあと、どうなった?」
 そう尋ねると、ロックマンは、後始末は全部炎山とパパ達がやってくれたんだと教えてくれた。それで俺は納得した。
 炎山ならマグネメタルのひとつやふたつ持っててもおかしくないし、フジ山に来るくらい朝飯前だろう。
 つまりオレは途中で戦線離脱しちゃって、アイツに丸投げしちゃったわけだ。と、なると。
「また炎山に嫌味いわれるなー…仕方ないけどさ」
 溜息をつくと、ロックマンは、うーん、そうかもね、と苦笑した。
「それで、ここどこなんだ? どっかの病院?」
『アメロッパ科学省のメディカルルームだよ』
「へっ? アメロッパ?」
 オレはきょろきょろと周りを見回した。大きくてごつい計器が幾つも立ち並んでいるのはたしかに科学省っぽい。
「ふーん、アメロッパのはこんななんだ。ニホンのはもうちょっと小さいもんなあ…でもなんでわざわざアメロッパまで?」
『…? 熱斗くん、何を』
 いってるの、というロックマンの言葉とかぶさるように、メディカルルームの自動扉が開く。入ってきたのは疲れた顔のパパと、ちょっとやつれた炎山だった。しばらくあってなかったけど、よっぽど忙しかったんだろう、目の下にはうっすらクマが見える。
「目が覚めたんだな、熱斗」
「パパ! それに、炎山も」
 ベッドサイドにパパが近づいて、オレの顔を覗き込んだ。一緒に入ってきた炎山はドアの近くで立ち止まって、こっちの様子を窺ってる。
「心配かけたみたいで、ゴメン」
「いや、お前が無事ならいいんだ、熱斗」
 リーガルに捕まっていたパパの顔をこんなに近くで見るのは、物凄く久しぶりだ。ふとそう気がついて、事件を自分の手で解決できなかったことを悔しいと思った。それに、バレルさんやチームのみんな、それにオフィシャルの仕事で忙しい筈の、オレたちを信頼してくれたからこそ任せてくれた炎山に申し訳ない、とも。
 オレは炎山のほうに顔を向けた。炎山もそれに気がついたみたいで、ほんの少しだけ姿勢を変えて、まっすぐに視線を合わせてくれた。
「ごめんな、炎山。またお前に迷惑かけたみたいで」
 炎山は青い目を少し見開くと、ふいと視線を逸らした。
「別に構わない。それより、何かおかしいところはないのか」
 ぶっきらぼうな口調の中に優しさが見え隠れしてる。こいつなりの照れ隠しなんだろうか。嬉しいのは嬉しいけど、なんか…。
「特にないけど…お前に心配されるって、何か変な感じだな、炎山」
 素直な感想を口にすると、炎山は見るからに不機嫌になった。うわ、怒らせた?
「熱斗、お前…オレを一体なんだと」
 炎山はいいさしてやめる。らしくないことに、ちょっとしょぼんとしていたみたいだった。
 それを見て、さすがに心配してくれたのに悪いなと思ったから、オレは炎山に頭を下げて、もう一度謝った。
「ほんとうに悪いと思ってる。お前オフィシャルの仕事で忙しいのに、オレのミスの後始末までさせて、ほんとゴメン」
 炎山が黙ったまま俺を見ているのがわかった。何で何にも言わないんだ、オレってそんなによっぽどのことしたんだろうか。まさかココロネットワークの影響でずいぶん暴れたとか? だとしたら頭を下げたくらいでは許してもらえないかもしれない。
 そのまま頭を下げ続けていると、炎山は、少し確認しておきたいんだが、と硬い声で言った。
「何?」
「とりあえず頭を上げろ、熱斗。今回の任務は俺との共同だった筈だな?」
「えっ?」
 顔をあげたオレの目に映ったのは、不可解そうな表情の炎山だった。でも多分、オレの顔も同じようなものだったと思う。
「…でも、お前、オフィシャルの仕事が忙しいからって参加しなかったんじゃ」
 オレがチームオブカーネルに参加してから炎山に一度も会っていないのは、こいつがオフィシャルの任務で忙しいからだったはずだ。実際ロックマンがブルースを誘ったときも、それを理由に断られたし。
 だけどオレの答えに炎山は、眉間の皺と困惑の色を深めるばかりだった。
「おい、俺たちはお前の言うオフィシャルの仕事――今はネットセイバーだが、その任務についてる途中だったろ」
 確かにチームオブカーネルの仕事はオフィシャルの仕事といえないこともない、けど、さすがにここまでくると、炎山が言っているのが違うことだってわかる。
 オレは恐る恐るパパを見上げた。パパも不思議そうな、そして心配そうな顔をしていた。
 もう一度炎山に視線を戻す。やつれているのって、まさか、戦闘が終わったばかりだからじゃなくて。
「…なあ、炎山。俺たちが戦ってたのって、Dr.リーガルとネビュラグレイ…、だよな?」
 パパと炎山は顔を見合わせた。そしてふたりがもう一度こっちを見たときには、とても怖い顔になってた。
 おずおず、といった感じで、ロックマンが言った。
『その、ネビュラグレイが何かはわからないけど…Dr.リーガルなら、もう倒したじゃない』
 全く記憶にない。Dr.リーガルを倒したってのは確かに喜ばしいニュースだけど、でも、ロックマンにネビュラグレイがわからないわけがない。だって、ロックマンがあれに呑まれそうになったからこそ、オレはマグネメタルを外したんだから。
 オレ、一体、どうなっちゃったの?
 ずっと黙っていたパパが、それじゃあ、と尋ねてきた。
「熱斗、デューオのことは? 試練のことは覚えてるか?」
「デューオって、あのデューオのこと? それなら一ヶ月ちょっと前に、オレとロックマンで倒したじゃん」
 オレの答えを聞いて、パパはそんな、だがしかし、とか何とかつぶやいて、何かを考え込むようなそぶりをみせた。
 そしてふと気がついた。オレが意識を失った瞬間、強烈に何かに引きずられたあの時。
『違う、そっちじゃない』、と、誰かの声が聞こえなかったか。
 ――まさか、まさか、そんなマンガみたいなことあるわけない。だけど。
 だから、落ち着いて聞いてくれよ、とパパがもう一度口を開いたとき、オレは、突きつけられた現実に、ただ呆然とするしかなかったんだ。


2008/9/16 ゲーム熱斗inアニメ設定
Convertion:2
「助けてくれてありがとな。それで、えーと、…誰?」
 久しぶりに会った熱斗に声をかけたら、開口一番そういわれて、ライカは大変ショックを受けた。
「ふざけてるのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
『ごめんライカくん、今の熱斗くんは、君の知ってる熱斗くんじゃないんだ』
 慌てる熱斗を見かねて、ロックマンがフォローを入れる。が、それはかえって、ライカに更なる混乱をもたらした。
「俺の知っている熱斗じゃない? どういうことだ?」
「…ええとその、だから、オレはその…」
 どう説明したものか、と悩んでいるのか、気まずそうに俯き口ごもる熱斗の頭をぽんぽんと軽く叩いて落ち着かせる。確かに、いつもの熱斗とは様子が違うようだ。
 だんだん辺りが騒がしくなってきた。乗客の誘導をしなければならないし、運転手からの事情聴取だって待っている。聞きたいことはあっても時間がなかった。
「とりあえず、ネット警察に報告だ。詳しい話は後で、だな」

 科学省でのクロスフュージョン実験の後、ライカは熱斗のことについて、光博士に尋ねた。
 因みに熱斗本人は、科学省の別室で検査中だ。光博士は、彼から聞いたという話を簡潔に説明してくれた。
「たぶん、熱斗の言うココロネットワークが、時空の歪みの影響で、こちらの熱斗にも繋がってしまったのだと思う」
「では、こちら側の熱斗は…?」
 光博士は、それはわからない、と、沈痛な面持ちでかぶりを振った。
「こちらの熱斗の所在については、現在も科学省で捜索中だ。…だが」
 光博士はパソコンに視線を戻した。いくつものグラフが並ぶのをながめながら、ぼつり、とつぶやく。
「向こうの世界で熱斗は、とても危険な賭けに出て、その途中でこちらに飛ばされてしまったらしい。だからもし、こちらの熱斗の精神があちらに飛ばされているとすると、かなりまずい状態になっている恐れがある」
 ライカは息を詰めた。
 光博士は、安心させるように、ふ、と緊張を緩めて笑った。
「まあ、でもこれはもしもの話だ。もしかしたら、あっさり見つかるかもしれないし。…さしあたっての問題は、今の熱斗にクロスフュージョン能力がないことだな」
「クロスフュージョンができない…?」
 ライカは途端、血相を変えた。
 アステロイドの侵攻が激化している現在、それは文字通り人類の危機に等しい。何しろライカが今回ニホンを訪れたのも、ひとりでも多くのクロスフュージョン可能な人材を生み出し、実体化したアステロイドを撃退する手段を手に入れる為であるのだから。
 現在、世界でクロスフュージョンが可能なのは、ライカを入れても三人だけだ。それだけの高いシンクロ値を叩き出すことのできる人間が他にいないせいである。
 まさに由々しき事態といえた。
「原因は?」
「今のところは不明だ。シンクロ値はぎりぎりだが足りている。PETのプログラムだって正常だ。しかし、シンクロチップが何故か起動しない」
「では、どうやってアステロイドを撃退しているんです?」
「大抵はインターネット世界だけで対処しているよ。現実世界にでてきたものには、バトルチップゲートを使って応戦しているが…それだけではさすがにさばききれないから、炎山くんにアメロッパとニホンを往復してもらってる」
 申し訳ないね、と苦く笑う光博士自身の顔色も、あまりいいとは言えない。
「今日の検査も、本当はクロスフュージョンができない原因を探るためのものなんだ。ハードの問題ではないとすると、ソフト…心理面での問題が考えられる」
「つまり、熱斗かロックマンが、クロスフュージョンを拒んでいる、と?」
 光博士はうなずいた。
「炎山くんに無理をさせているのを、熱斗はとても気にしていてね…本当ならこちらの世界の自分が戦っていたわけだから、責任を感じているらしい。あの子自身はやる気なんだ。…問題はむしろ、ロックマンのほうなんだよ」
「ロックマンが?」
「まあ、無理もないけどね。あの熱斗はこちら側の熱斗とはやはり違う。些細な違いではあるけれど、ロックマンにはそれが、どうしても受け入れがたいんだと思う」
 ライカがなんともいえない気持ちになっていると、とつぜん、光博士のパソコンに、当の青いナビが飛び込んできた。
 真っ青な顔で、少年が叫んだ言葉は、光博士とライカに多大な衝撃を与えた。
『パパ! 大変なんだ、熱斗くんが、バトルチップゲートだけ持って、ひとりで調査に行っちゃったまま、連絡が取れないんだ!』
「何だって?! 何でそんな無茶なことを…!」
『僕のせいなんだ! 僕が、余計なことを言ったから』
 だいぶ混乱しているらしいロックマンを、光博士が宥める。ようやく落ち着いたロックマンから、熱斗の向かったと思われる工場について聞き出すと、ライカはすぐさまサーチマンにマップデータを要求した。転送されてきた周辺の地図から、今度は最短ルートを検索させる。
 バイクで飛ばして十五分。間に合うかは微妙なところだ。
「光博士、今から俺が後を追います」
「すまない、ライカくん。頼んだよ」
 ライカは頷き、自分のナビに命令を下した。
「サーチマン、先に電脳世界から向かえ。俺もすぐ後を追う」
『了解しました』
『僕も行く!』
 緑のナビのすぐ後を追って、青いナビの姿も消える。

「あの工場か…!」
 つぶやいた瞬間、派手な爆発音が、目指す建物から聞こえた。
(無事でいろよ、熱斗)
 そのまま低く姿勢を落として、工場の中をつっぱしり、バイクごと扉に体当たりした。
 中は酷い有様だった。あちこちの機器類が煙を上げ、あるいは見るも無残に破壊されている。かなり激しく交戦したらしかった。
『工場内部のシステムは掌握しました』
 PETに戻ってきたナビの報告にうなずき、ライカはあらかじめ渡されていたシンクロチップを取り出した。
 その視線の向こうには、二体のアステロイドと、地面に伏し倒れている熱斗の姿。
「シンクロチップ、スロットイン!」
 ――ゆるさない。

 戦闘中に意識を取り戻したらしい熱斗は、近づいてきたライカを見上げて、ぽかん、としていた。
「ライカも、クロスフュージョンできるんだ…」
 なんといっていいのかわからず、ライカは黙る。見る限り、熱斗の怪我は大したことはなさそうだった。
 熱斗は、立ち上がって、ぱんぱんと尻をはたいた。それから、ちょっと力なく笑う。
「助かったよ。ありがとな、ライカ」
「それはいい。それより、どうしてこんな無茶を?」
 あまりにもあさはかだ、と言外に咎めると、熱斗は、ごめん、と殊勝に頭を下げた。そして俯いたまま、
「そりゃ、オレだって役に立ちたいもん。バトルチップゲートだってあるしさ…まあ、今回はちょっと失敗したけど」
 そう続けたので、ライカは思わず声を荒げる。
「失敗したけど、ですむか! 下手をしたら、死んでいたかもしれないんだぞ」
 ライカの大声に、びくり、と熱斗は肩を震わせた。しかしすぐに、ごめん、と謝る。
「…ごめん、ライカ。そうだよな、この身体はこっちのオレのだもん、死んじゃったら困るよな」
「そういうことじゃない」
 きょとんとする熱斗はほんとうにわかっていない。ライカはクロスアウト、とつぶやいて、装備を解いた。
「たしかに熱斗は俺にとって、数少ない心を許せる友人だからな」
 うん、と熱斗はうなづいた。
「あいつのことが心配なのも事実だ。だけど、お前のことも同じように、お前の世界で心配している奴がいるんじゃないのか」
 おそらくそのなかに、向こうの世界の自分はいない。けれど、いつか出会うかもしれない。
 できれば、出会って欲しいと思うのは、結局のところ、ライカの勝手な願いでしかないのだが。
「…そっか。…そうだよな、ごめん、…ううん、ありがとう、ライカ」
 そういって上げた顔は、いつもの、力強い笑顔だった。
「わかったら、ロックマンにも早く元気な顔を見せてやれ。心配していた」
「ロックマンが?」
 自分のPETから、熱斗の持っているサブPETにロックマンを転送する。
『熱斗くん…ごめんね』
「いや、いいって。オレのほうもお前の気持ち、わかってなかったし」
 二人の声を背中に聞きながら、距離をとった。貴船総監に報告をした後、科学省の光博士にも連絡を入れる。
「熱斗は無事ですが、発見時は気絶していました。あとで検査を受けたほうがいいでしょう」
「わかった。ありがとう、ライカくん」
「いえ」
 ほっとした表情の博士に、今からふたりを連れて帰ります、と言って、通信を切った。ちょうど熱斗とロックマンも、どうやら話が一段落したようだった。


2008/9/17 アニメライカ+ゲーム熱斗


言い訳

炎山出てきた意味がないよ。
…熱斗くんに「だれ?」って言われてプチショックを受けるライカが書きたかっただけですごめんなさい。
CFを怖がるのは熱斗くんかロックマンか悩みましたが、ここではロックマンで。
シンクロ値と仲良し度は違うような気がするな、とStreamを見て思いました。主にライカとサーチマンを見て(…)
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