傷跡
 伊集院炎山はしばらく呆気にとられて、その様子を眺めていた。
 彼の目の前には光熱斗とライカ、それに何故かテスラが、同じひとつのテーブルを囲んでいた。和気藹々とは言いがたいが、それなりに雰囲気は和やかだ。
 そして彼らの視線の先、主にライカと熱斗の目の前には、誇張なしにバケツ一杯分ほどありそうなパフェが鎮座ましましていた。
「…これは一体どういう状況なのか聞いてもいいか」
 たまたま息抜きに入った喫茶店で出くわした光景がこれでは、休めるものも休める気がしない。
 やっと炎山に気付いたらしい熱斗が、おー炎山もこっち来いよ、といいながら空いた自分の隣の席を示した。
「こんにちは。リーダーさんも休憩?」
「ああ。…で、これは何事なんだ」
 その言葉に、熱斗とテスラは顔を見合わせた。
「たまの息抜き? ライカの」
 熱斗の返答に、炎山はおそらく口実として使われたに違いないライカに対して物凄く同情の視線を送った。だが本人は全く気付かず、パフェの山を黙々と切り崩している。
 凄まじい速度で。
「あっずるいおれの分も残しとけよライカ」
「ふん、早く喰わない方が悪い」
 悪戯っぽい笑みを浮かべるライカに、炎山はやや拍子抜けした。てっきり渋々来たのだと思っていたが、そうでもないようだ。
「ライカ君って甘いもの苦手そうに見えるのに、意外よねえ」
 流石のテスラも感心したように二人を見ていた。彼女はパフェ争奪戦には参加していないらしく、その手元ではアイスの溶けたクリームソーダが、からからと涼しげな音を立てている。
 炎山は自分のコーヒーを注文すると、ひたすらパフェを平らげる二人を観察した。
 熱斗は頬にクリームが飛んでいるのにも気付かずに、ひたすらおいしそうに口を動かしている。ライカはライカで、いつもの無表情のまま、黙々と、しかし凄まじいスピードでスプーンを動かしていた。はっきり言って、異様だ。
 結局、炎山がテーブルについてから五分もしないうちに、あれだけ山盛りだったパフェはほとんどその姿を消していた。
「あー、食った食った。な、うまかったろ」
 満足そうに背もたれに寄りかかる熱斗に対して、ライカはぼそりと、
「まあ、悪くはなかった」
 小さく微笑む。
『もうっ、熱斗くんったら、晩ご飯食べられなくなっても知らないんだからね!』
「それはまた別腹。今日のご飯なんだろうなー」
「たしか手巻き寿司だと言っていた」
 ライカの答えに、微妙な違和感を感じて、炎山は思わずそちらを見た。
 訝しげな炎山の視線に気付いたのか、何だ、とライカが尋ねてきた。
「何故、ライカが光の家の夕食の献立を把握しているんだ?」
「ああ、そのことか。俺は今、光の家に泊まらせてもらっているからな」
 昨日のカレーもうまかった、とつけたすライカに、だろだろ、と熱斗は全開の笑顔を向けた。
 急に頭痛を覚えて、こめかみを揉んでいると、テスラがとどめのように付け足した。
「因みにあのパフェのほかに、あのこたち、ケーキワンホール分食べてるんですって」
 いい食べっぷりよね、と笑うテスラの目はどこか空ろだ。
「…まさかそのほかにも何か」
「そうね、聞かない方がいいんじゃないかしら。…私今でも胸焼け起こしそう」
 よく見たら、テスラのクリームソーダは、ほとんど手付かずの状態で、アイスだけがすっかり溶けていた。
「…苦労をかけるな」
「いえいえ。…子供を見くびってたわ」
 ライカと熱斗はきゃわきゃわ(というのも妙な表現だが)と、おもにライカが熱斗をあしらうような形でじゃれあっていた。
 今だけはネビュラのことも何もかも忘れて、平和だなあ、と炎山は遠い目をした。


2008/7/6
core
「オフィシャルの誘いを蹴ったそうだな」
 唐突にライカがそんなことを言い出したので、熱斗は思わずまじまじと相手の顔を見つめた。
 ところはニホンの科学省、光祐一郎博士の研究室である。
 ライカはシャーロ軍から科学省に派遣されてきた研修生であり、ネットワーク研究の世界的権威である光博士の子息の熱斗とは、旧知の間柄だった。
 決して仲が悪いわけではないが、互いの立場というものもあり、そんなにしょっちゅう連絡を取り合うわけでもない。
 熱斗も一応その筋ではそれなりに有名人だが、だからといってオフィシャルからの勧誘は極秘事項であり、まさかライカがそれを知っているとは思っていなかった。
「なんだ、炎山あたりから聞いたのか?」
「いや。お前、自分がどれだけ注目されているか、自覚がないみたいだな」
 いいながらライカはコーヒーに口をつけ、すぐさま顔をしかめた。熱斗がコーヒーシュガーの徳用パックをまるごとよこしてやると、彼はその中から四本ほど取り出し、躊躇いもせずに次々と袋の中身をカップの中にあけていった。彼は見た目に反して大の甘党なのだ。
「どういうことだよ」
「世界最強クラスのナビを所有し、ネットバトルの腕はもちろん、プログラマーとしても世界有数のレベルを誇るお前を欲しがっているのは、オフィシャルだけじゃないってことだ」
 ライカはコーヒーから視線を上げ、熱斗と視線を合わせた。藍色の瞳は静かだが、その分底に沈んだ感情を読み取れない。
「ネビュラ事件の時には、複数のナビを同時にオペレートしたりもしたろう。あれは軍事的にも、かなりハイレベルの戦術なんだ」
 そこでようやくぴんと来た熱斗は、しかしとても嫌そうな顔をした。
「…ちょっと待てよライカ、俺、軍人になる気にはないぞ。つーか、ネットバトルで食ってく気ないもん」
「別に俺にそんな気はない。お前の上はどうか知らんがな」
 第一お前は軍人には向いてない、とライカは付け足し、コーヒーをもう一口啜った。相手の意図がいまひとつ読めず、不思議そうな顔をしながら、熱斗も同様にカップに口をつける。安っぽいインスタントの苦味が妙に舌を刺激した。
「炎山は残念がっていそうだが」
「いや、あいつはそうでもないと思うぜ。俺が科学者になりたいの、知ってるからな」
 ライカはすこし驚いたような目で熱斗を見た。が、すぐにその感情を表情から消す。
「お前の鈍さはいっそ賞賛に値するな」
「は?」
「ともかく、気をつけろよ、光。自分が光博士と同等か、今やそれ以上に狙われやすいということ、肝に銘じておけ」
 ライカはそういうと、呑み終わったカップを持ってキッチンの方へ去ってしまった。
 取り残された熱斗は、首をかしげて、ロックマンに尋ねる。
「これってもしかして、心配されてんのか? ロックマン」
『…多分ね』


2008/7/20 ライカと熱斗


言い訳
数年後設定でもゲームのライカと熱斗はなかよしだといいなと思う。TOBの「おまえの強さが憎い」はエグゼきっての萌え…もとい名台詞。
あと天然ボケ緑青セット+苦労人赤組っていいと思いませんか。
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