絶対恋愛警報
 光熱斗のナビにして双子の兄の遺伝子を持つその少年は、非常に非常に機嫌が悪かった。
 隣のPETから放射される(気がする)冷気にいいかげん辟易したブルースは、仕事の手を止めて恐る恐るその原因の様子を窺い、後悔した。
 自分のオペレーターには、せめてPETをスリープモードにしてからそういう行為にうつっていただきたかったのだが、それも後の祭りだ。かといって、今この状態で勝手にスリープに移行するわけには行かない――"ふとした拍子に”かかってきてしまう連絡を止めることができるのは、自分しかいない、という理由の他にもうひとつ、隣のPETの住人ことロックマンの動向が気にかかるからである。
 先ほどから、この狭い部屋には、濡れた音と艶かしい声と衣擦れの音しかしない。
 主に声を上げているのは無表情を貫く(実際には見えていないが見なくてもわかる。哀しいかな、経験上だ)青いナビのオペレーターであり、同じ部屋にいるはずのもう一人は先ほどから、ロックマンに言わせれば(これは以前実際に言っていた)、「かなりの無体」を恋人に強いている。
 恋人。つまりそれは、青いナビの双子の弟でありオペレーターである、光熱斗のことだ。そしてその青いナビにこの上なく愛されている彼に、大変はしたない行為を強要するその鬼畜男は、悲しいことに、自分のオペレーターである伊集院炎山なのだった。
 哀れな熱斗はくったりとして力なくベッドに横たわっている。その横で、ブルースは自分のオペレーターの手に、不穏な銀色の輝きを見た。よく見ればその傍には、見慣れたボトルが転がっている。
 自分のオペレーターが何をする気なのか理解して、彼が何度目かの現実逃避に走ろうとした瞬間、シュイン、と音を立てて、プログラムの書き換わった音がした。自分ではない。隣だ。条件反射的にブルースは隣のPETにアクセスし、ロックマンを羽交い絞めにした。
「落ち着けロックマン! なんというかフォローのしようもないがあれでも一応俺のオペレーターだ! いなくなられると困る!」
「邪魔しないでブルース! あの馬鹿、目に物見せてくれる…!」
 暴れてロックバスターを振り回す彼は本気だ。若干十九歳にして天才プログラマーの名をほしいままにしている熱斗によって、限界までカスタマイズされたナビであるロックマンは、同様に天才とよばれる炎山のカスタマイズを受けたブルースの性能から言えばほぼ互角の相手だ。油断したら冗談抜きで殺られる。実際過去にはデリートされたこともある。
 ブルースが誰でもいいから何とかしてくれ、と願ったのがインターネットの神様に届いたのかどうかは知らないが、光熱斗のPETにアクセスがあった。発信元はシャーロのネットセイバーであるライカだ。
 次の瞬間現れた緑色の狙撃ナビは、ロックマンとブルースの現状を目にし、それからPETの外に視線をやり、ふむ、と小さく頷いた。
「ライカ様には通信不能だと伝えておこう」
「サーチマン…」
 この状況を前にして言うことはそれだけか、とブルースはらしくもなく愚痴めいたことを言いたくなったが、相手は感情プログラムが抑制されたナビだ(というか彼自身も感情はあまり強く設定されていなかったはずだが)と言い聞かせ、どうにか平静を保とうとした。
 ちなみにブルースの腕の中(というと語弊がある)で暴れているロックマンはサーチマンの来訪に気付いていない。PETの主のくせにそんなことがあるものか、と思ったが、それほど彼にとっては、光熱斗に対して炎山が加えている淫行は許せないことらしい。というか自分だって見たくなどなかった、とブルースは嘆いた。
 恐ろしいほどの冷静さを見せ付けたサーチマンは、ちらりとその赤い瞳でロックマンとブルースを見つめた。ブルースの背筋に悪寒が走った(気がした)。
 緑色の軍事ナビは音もなく歩み寄ると、ロックマンの真正面に回り込み、ぐい、とその頤を持ち上げた。流石のロックマンも来訪者の存在に気付き、その突拍子もない行動に目を白黒させている。
 サーチマンはゆっくりと腰をかがめ、肩の辺りでそろえられた明るい赤茶の髪を揺らして首をややかしげ、そのままロックマンに噛み付くようなキスをした。
 ぎょっとしたのはブルースである。あわててロックマンを解放して後ずさり、ついでにそのまま自分のPETへ帰りたい衝動をどうにか抑えた。
 長く濃厚なキスシーンのあと、オペレーター同様くったりとなったロックマンを軽々と担ぎ上げ(ナビの外見年齢設定の差のせいで非常に犯罪くさい)、サーチマンは言った。
「ロックマンはワタシが連れて行く。あとで光に伝えておいてくれ」
「…ああ」
 もう何も反論する気すら起こらないブルースは、こころなしか力なく頷いた。
 季節はもうじき夏。恋人たちの季節だ。


2008/6/29 炎熱・サチロクとブルース 同10/23改稿
ソウルユニゾン
「何故命令違反をした」
「申し訳ありません、ライカ様」
 サーチマンがそういって頭を下げるのを見て、ライカの機嫌はさらに悪くなった。
「俺は理由を聞いている。今日はたまたま無事だったからよかったものの、あのままではお前がデリートされていたかも知れないんだぞ」
 ライカの叱責はもっともであり、サーチマンは返す言葉を持たない。
 そもそも、サーチマンが命令違反などという大それた行動を起こしたのは、今日が初めてだったのだ。
「どんな罰でも受ける覚悟は出来ております」
「…はあ」
 真っ直ぐ向けられた赤い瞳に迷いは全く見つけられず、ライカは溜息をつく。
「そもそも、どうしてそこまでしてロックマンを庇う必要があった? あのナビの力は認めるが、お前にとって、自分が犠牲になるほどの価値があるのか?」
 サーチマンは感情プログラムを制限されたナビだ。執着や愛情、思いやりと言ったプログラムは最低限に抑制されているはずだった。
 だが、ライカがその言葉を発した瞬間、サーチマンの瞳は確かに揺れた。
「…ワタシにもわからないのです」
「は?」
「何と言うか…ロックマンに関われば関わるほど、近づけば近づくほど、彼に興味を持っていく自分を抑えられないのです」
「…」
 ライカは自分が何だか妙なことを聞いてしまったような気がした。
「人間であれば、これを愛情と呼ぶのでしょうか。…ロックマンの傍は、とても気持ちがいい」
「…そうか」
 他にどんな返事のしようがあっただろうか。
 ライカはがっくりと肩を落とした。
「たしかに、あのナビは、たいしたものだ」
 オペレーターは評価できないが、ナビ自体はとても優れたナビだ、それは認めよう、とライカは心中で呟いた。
 何せ、感情なく任務を遂行することにかけてはシャーロ、いや、世界でも有数のナビ――鋼鉄のスナイパーの異名をもつサーチマンを、あっという間にほだしてしまった。
(だがこの仇はいつか取るぞ、光熱斗)
 そうしてライカが訳のわからない闘志を燃やしている一方で、伊集院炎山のPETのなかではブルースが、何故かおさまらない悪寒に身を震わせていたそうだ。


2008/7/20 サチロクとライカ・AXESS「ソウルユニゾン」より
その次の話でいきなり炎山が帰ってきたのはブルースが危機感を覚えたからという妄想




言い訳

アニメのサチロクってちょっとラブラブすぎやしませんか。サーチさん初登場の回から結構ロックマンのこと気にかけてるし、ロックもあっという間にサーチさんに懐いちゃってるし。
ゲームならブルロクが凄まじいけど、アニメならサチロクかなー。
炎山・ライカとブルース・サーチマンは同じクール系に属するキャラクターだと思うんだけど、やっぱり性格は結構違いますね。ライカの年齢詐称ぶりもなかなかだけど(あれは13歳じゃないだろう…)、炎山とサーチマンは何というかもはや、「おっさんくさい」の域(笑) 特にゲームの炎山の渋さ、あれは小学生ではない。
template : A Moveable Feast